日本は世界一解雇規制の厳しい国なのか? - OECD雇用保護指標

法律や憲法や法治国家体制

最近、自民党総裁選で候補者の1人が解雇規制の緩和を掲げているようです。

日本の解雇規制に関しては「日本は世界一解雇規制の厳しい国だから、解雇規制を緩和すべきだ」という主張を中小企業経営者や経済報道誌などで散見されます。

解雇規制を議論する以前に、日本の解雇規制は本当に国際的に厳しいのか確認してみましょう。

OECDの雇用保護指数とは

そもそも、日本の解雇規制でGoogle検索すると、検索上位には「OECDの雇用保護指数」の解説がいくつも見つかります。

日本の解雇規制の厳しさに関する調査は、何年も前からOECDが国際比較調査をしていて、結論の出ている話題です。

OECDの雇用保護指数 (Employment Protection Legislation indicators) とは、先進国を中心とした世界各国の様々な法規制や雇用慣習の違いを吸収する形で、公正で客観的に各国の雇用者保護の厳しさを数値で表せるようにした指数が「雇用保護指数」です。

主要な国の指数が揃っているのが、最近だと2013年です。

OECDの雇用保護指数についての解説は、労働政策研究所のサイトに掲載されていますから、そちらを見た方が良いでしょう。

独立行政法人・労働政策研究・研修機構、経済協力開発機構の雇用保護指標2013について:OECD 日本の一般労働者の雇用保護は、34か国中低いほうから10番目 —有期労働者の雇用保護は、低いほうから9番目

また、株式会社・小川製作所 さんがこれを引用してグラフで分かりやすく解説していますので、以下に紹介します。

小川製作所、286 日本は解雇しにくい国? – 雇用保護指標の国際比較

OECDの雇用保護指数は、以下の OECD iLibrary のサイトから CSV ファイルで配布されています。

OECD iLibrary : Employment Protection Legislation: Strictness of employment protection legislation: regular employment (Edition 2019)

ここには、英語で以下のように書かれています。(日本語訳)

雇用保護法: 雇用保護法の厳しさ: 正規雇用 (2019 年版)

データセットには、正規/無期限契約の従業員の個別の解雇規制の厳しさを示す指標が含まれています。

OECD の雇用保護指標は、解雇規制と臨時契約の使用に関する規制の厳しさを示す総合的な指標です。各年について、指標は 1 月 1 日時点で有効な規制を参照します。データの範囲は 0 から 6 で、スコアが高いほど規制が厳しいことを示します。

日本の解雇規制は厳しいとは言えない

労働政策研究所の解説を見れば分かるように、日本の解雇規制は国際的に見て厳しいとは言えません。

OECDからダウンロードした「EPL_R-2019-1-EN-20200404T100045.csv」の資料を見ても、日本の値は 1.37 程度で、米国の 0.25 ゃ、英国の 1.09 など英米法の国々よりは高いですが、 以下の大陸法の国々より低い値になっています。

フランス 2.38 、イタリア 2.67 、ドイツ 2.67

他にも、韓国 2.36 、オーストラリア 1.66 、ニュージーランド 1.39 と日本より高い雇用保護を行っている事が分かります。

解雇規制の緩い国々は、米国や英国、カナダなど、英米法の訴訟社会の国々ばかりで、日本と同じ大陸法の国々には、日本より解雇規制の緩い国は少ない事が分かります。

先日、 英米法と大陸法の法体系の違いを生成AIに解説してもらいましたが、これを読むとなぜ英米法の国々の法律(成文法)による規制が緩いのか、分かります。

二種類の国家の法体系、英米法(コモンロー)と大陸法(シビルロー):Claudeの解説

英米法の国々は、基本的に訴訟による判例で社会のルールを作っていく法体系の国々で、日本やドイツのように、国会(議会)などの立法府で予め法律を定めてルールを運用していく体制の国では無いのです。

英米法の国々では、社会問題が起きたら訴訟を起こして最高裁判例を作り、その判例に従って国民が社会を運営していく法体系の国です。

大陸法では、社会問題が起きたら政治家に陳情して、国民の声を聞いた政治家が立法府で法律を制定して、公布し法律の施行によって、国民が社会を運営していく法体系になります。

よって、解雇規制も大陸法では、予め法律で規制しておかなければならないので、法律の内容は詳細になり規制も厳しくなります。

英米法では、法律はありますが、法律に多少の抜け漏れや矛盾などの欠陥があっても、問題が起きたときには随時「訴訟」を起こして、必要な判例を作っていけば良いので、大陸法諸国のように事前にしっかりとした規制を法律で作っておく必然性が弱くなります。

つまり、米国などの英米法の国々は、解雇したあとに、訴訟で労働者の権利を守る体系の国なので、大陸法の国々と単純に「規制が厳しいかどうか」を比較できる国々ではないのです。

日本が、様々な規制について、他国と比較するなら、日本と同じ「大陸法」の国々と比較するのが適切です。

日本の解雇規制の問題は「曖昧さ」

私も日本の解雇規制には問題があると思っています。

それは、「解雇規制が厳しすぎる」という話ではなく、「解雇規制が曖昧すぎる」点にあります。

ドイツを例に挙げますが、ドイツでは解雇規制は全て法律に記載されていますから、金銭解雇するにも具体的にいくら掛かり、どのぐらいの時間をかけて、どのような手順を踏めば良いかが明白です。

日本の解雇規制は、労働法を読めば分かるように、法律上の規制は非常に緩く、解雇規制のほとんどは司法判例である「整理解雇の四要件」で運用されています。

判例は法律と違い、原告や被告の個々の状況によって、判決内容は大きく変わります。 必然的に判例による解雇規制は、非常に基準が曖昧になってしまうため、慎重な企業経営者ほど規制が厳しく見えるのでしょう。 逆にブラック企業の経営者には、判例解雇規制など気にも留めないでしょう。 悪貨が良貨を駆逐する状況です。

判例中心の解雇規制の問題点は、訴訟にコストが掛かるので、所得の高い大企業従業員は訴訟が起こしやすく判例に守られやすい反面、所得の低い中小企業従業員は訴訟を起こしにくいので、泣き寝入りしがちで、判例に守られ難いという「規制に普遍性が無い」点にあります。

解雇規制のようなルールは社会全体に普遍的に通用していなければならないので、判例中心の運用は、訴訟を起こせる高所得の人々しか守られない点で、不公平な規制になってしまいがちです。 日本の解雇規制もドイツなどの国々のように、法律中心に定めて運用すべきでしょう。

この話は、「解雇規制が厳しいか緩いか」とは、異なる次元の話である事には、注意を払ってください。

ネガティブリストの問題

解雇規制を考えるに当って、もうひとつ問題だと思うのが、法律がネガティブリストになっている点です。
日本の解雇規制は、「法律」も「整理解雇の四要件」も、どちらもネガティブリストで記載されています。
しかし、世間の「解雇規制緩和論」を唱える人々は、「金銭解雇できるルールを作るべきだ」という内容の主張をしています。
もし「解雇できるルール」を作るとなると、それはポジティブリストになります。


ネガティブリストは、「やってはいけない事」が書かれたルールです。
ポジティブリストは、「やらなければならない事」が書かれたルールです。


法律を作るときは、ネガティブリストで書かれたルールの中に、ポジティブリストのルールを加える事はできません。
労働法など一つの纏まった法律は、ネガティブリストかポジティブリストのどちらかで統一されていなければなりません。
現在、ネガティブリストで書かれた労働法の解雇規制に、ポジティブリストの条文を書き加えると、論理的矛盾が生じます。


例えば「解雇する時は30日前に通告するか、30日分の賃金を支払わなければならない」という内容の条文がありますが、これは「ある条件を満たさなければ解雇出来ない」というネガティブリストです。
これを「解雇する時は6ヶ月前に通告するか、6ヶ月分の賃金を支払わなければならない」と書き換える事はできますが、これで司法が「6ヶ月分の賃金を支払えば無条件に解雇を認める」ようになるかと言えば、ならないでしょう。
もし、司法権を従わせるなら、新たに「6ヶ月分の賃金を支払った場合、解雇は有効である」とポジティブリストの条文を加えなければなりません。
ネガティブリストの法律に、このようなポジティブリストの条文が加えられると、他の解雇規制条文とどちらが有効になるのか分からなくなります。
他の解雇規制には 「業務上災害のため療養中の期間とその後の30日間の解雇を禁止する」 「産前産後の休業期間とその後の30日間の解雇を禁止する」 「労働基準監督署に申告したことを理由とする解雇を禁止する」 など他にもいくつかの禁止事項があります。
これらは全てネガティブリストで統一されています。


倫理観の薄い経営者なら、6ヶ月分の賃金を支払って労働組合員を全員解雇していまう法律の悪解釈を断行するかも知れません。 妊娠した女性は6ヶ月分の賃金を支払って解雇するかも知れません。


そして、このような法律だけで解釈できない案件は裁判所に持ち込まれ、司法権の裁量で判例が作られる形になり、結局現在の「整理解雇の四要件」のように司法判例中心の解雇規制に逆戻りする事になります。

もし、意味が分からないのなら、ご自分で労働法の条文を、解雇規制を緩和する方向で書き換えてみれば良いと思います。

判例と法律の二重規制

もう一つの問題として、判例の「整理解雇の四要件」もネガティブリストである点です。

労働法の法改正で、現在30日になっている解雇期間の規制を、6ヶ月に変更して、企業が6ヶ月分の報酬を支払って従業員を解雇したとしても、判例の「整理解雇の四要件」は別に変更されていないので、これまでの通り判例による解雇規制は可能になります。
元々、法律の規制は、判例の規制より緩いので、判例より緩い範囲で規制の厳しさや期間を上下させても、判例は影響を受けません。
「30日の解雇期間規制」を「6ヶ月の解雇期間規制」に変更しても「整理解雇の四要件」は変わりません。

判例を変更されようとすると、解雇規制を含む労働法を「6ヶ月分の賃金を支払った場合、解雇は有効である」のようにポジティブリストにしなければなりません。

ポジティブリストは自衛隊法で問題になっているように、行動選択の自由度が極めて低く、自由主義国の法律としては、相応しくないと思います。

やはり、法律はネガティブリストに書かれていない事は、原則として自由にやって良いという内容の物が良いでしょう。

つまり、一度、判例中心に解雇規制を運用する体制を作ってしまった後では、法律中心の解雇規制に切り替えるのが、難しくなるという事です。

最初から、ドイツのように法律の方にしっかりとした解雇規制を作っておけば、法改正だけでどうにでも対応できたのに、労働者の権利保護を司法権に丸投げにしてしまった結果として、司法判例を動かせなくなり、自暴呪縛に陥っていると言えます。

もしネガティブリストのまま、判例を変えさせるのなら

もし、労働法の解雇規制をネガティブリストのまま改正して、司法判例を変更させたいのなら、現在の「整理解雇の四要件」を上書きするような法律を、新たに作成する必要があると思います。
少なくとも、その法改正は「解雇規制の緩和」などという簡単な法改正では済まないでしょう。

そして、法律だけを見れば、それは「解雇規制の強化と複雑化」に他なりません。

もし、現在の30日解雇規制を、6ヶ月解雇規制に変更したと仮定しても、これは大企業には解雇規制の緩和になりますが、中小企業には解雇規制の強化厳格化になりますから、「解雇規制の緩和」には該当しないと思います。
「整理解雇の四要件」を立法化したとすると、これまでは「整理解雇の四要件」を免れてきた中小企業は、新たな規制を守らなければ解雇ができなくなります。

解雇規制の法制化は、どう考えても、大企業には解雇規制緩和になりますが、中小企業には解雇規制強化にしかなりません。

日本中の中小企業経営者は、それに賛成するのでしょうか。
どうなるのか、見てみたい気もします。

解雇規制緩和論者は詳細を考えていない

これまでの説明を読めば、一般の解雇規制緩和論者が、「現在の労働法の解雇規制」や「判例中心の解雇規制」「具体的な法改正案」について、全く何も考えていない事が分かると思います。

そもそも、国際的に見て日本の解雇規制が厳しいという認識もOECDの雇用保護指数から考えて、事実と異なる事が分かります。
英米法の国々の法律を、大陸法の日本にそのまま導入する事は不可能ですし、日本をいまから英米法の法体系に変更する事も不可能です。
いまから日本を英米のような訴訟社会に作り替えるなど、革命でも起こさなければ無理でしょう。

規制緩和は大陸法の枠組みの中で行えば良いと思います。 既に述べたように「解雇規制の法制化」自体はドイツのような大陸法の国々を参考にすれば、充分に可能です。
なぜ私がドイツをモデルにする事を推奨するかと言えば、ドイツはフランスやイタリアなど他の大陸法諸国のなかでは、比較的解雇規制が緩いからです。
ドイツの解雇規制の厳しさは日本より少し厳しい程度でしょう。
ドイツ方式の導入が、日本企業にとって一番負担が少ないと考えるから、ドイツを推奨しています。 さすがにフランスやイタリアのような解雇規制の非常に厳しい国の制度は、導入するのが難しいと思います。

最後に、生成AIに質問したドイツの労働法と解雇規制の内容についての解説へのリンクを張っておきます。

ドイツの労働法と規制について(Claudeの解説)

 

以上です。

 

2024年9月8日 追記

弁護士の佐々木亮さんが、法律的観点から解雇規制緩和論について、評論しておられるので、紹介します。
小泉進次郎さんの政策に対する評論ですが、普遍的な解雇規制緩和論の評論として成立する内容です。

小泉進次郎氏の「解雇規制の見直し」という自民党総裁選公約について

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