以前「中央銀行とインフレ目標政策」という記事でインフレ目標政策がなぜ必要で、量的緩和とは何かについて説明しました。
量的緩和とは
量的緩和について、改めて解説します。
個別物価と一般物価の違い
物価には2種類あって、自動車やパソコン・スマホなど消費者が購入する個々の商品や、タクシー料金など交通費のような個々のサービス価格の事を「個別物価」と呼びます。
これに対し、日本円市場の中で全ての商品とサービスの個別物価の平均値を「一般物価」と呼びます。
個別物価も一般物価も前年からの物価の変位を測定する為の用語ですので、物価上昇率を無視しては意味の無い言葉です。
例えば、パソコンの個別物価が5%ぐらい上がったとしても、米の個別物価が5%下がったのなら、一般物価は上がっていません。
パソコンより米の方がシェアが高いですので、これだけなら一般物価は下がっているでしょう。
労働者の賃金も個別物価であり、大半の商品の個別物価が上がっても、賃金が下がれば、一般物価が上がっているとは言えないでしょう。
アベノミクスの継続的物価上昇とは、個別物価ではなく、一般物価が継続的に上昇することを意味します。
率直に言ってしまえば「賃金が継続的に上昇する」事を目指しています。
物価の平均値である「一般物価」に占める賃金の割合は非常に大きく、賃金上昇無しに一般物価の上昇は、ほとんど考えられません。
商品やサービスの価格上昇だけでは、一般物価は上がらないと考えられます。
インフレ目標政策とは
第二次安倍政権発足から現在の岸田政権に至るまで、政府はアベノミクスというインフレ目標政策を実施していることは、以前「中央銀行とインフレ目標政策」という記事で解説しました。
一般的には、インフレ目標政策(物価目標政策)とは「継続的に一般物価が年率2%で上昇する経済状態を目指す政策」と説明されます。
しかし、これは間違いではありませんが、正確には「継続的に通貨価値が年率2%で下落する経済状態を目指す政策」と説明した方が適切です。
「中央銀行とインフレ目標政策」という記事で、
「通貨価値が下がりますと、一般物価が上がります」
「通貨価値が上がりますと、一般物価が下がります」
と説明しました。
民間が保有している通貨の量を増やしてやりますと、市場の価格メカニズムにより、通貨価値が下がる事も説明しました。
日銀の行うインフレ目標政策では、先に「金利を引き下げる」政策を実施します。
その後金利がゼロ近傍になって、これ以上金利を下げられなくなった時点で、銀行や証券会社・保険会社など民間金融機関が保有する国債を、日銀が新規通貨で購入することで、新規通貨を増やして、通貨価値を引き下げる政策を実施しました。
この政策は現在も実行中です。
預金は通貨ですが、市場では使用されていない通貨ですので、通貨価値に直接影響しません。
預金というのは「眠っていて活動していない通貨」と言えます。
通貨価値を左右するのは、民間企業や家計などの「消費や取り引きに通貨を使用する経済主体」が保有する通貨です。
日銀が政策金利(国債金利)を下げると銀行の貸出金利も影響を受けて下がります。
金利が下がりますと、企業は銀行から事業融資を受けやすくなります。
また、家計も住宅ローンや自動車ローンなど、銀行融資を受けやすくなります。
結果として融資を受ける企業や家計などの経済主体が、融資を受ける総量が増加し、企業や家計が保有する通貨の総量が増加します。
通貨の総量が増えますと、価格メカニズムにより、価格つまり通貨価値が下がります。
政策金利がゼロになりますと、これ以上金利を下げられません。
アベノミクス下の日本では、初期にゼロ金利にしましたが、それでもインフレ率は充分に上昇せず、さらに金融緩和を必要としていました。
金利がゼロになっても、金融緩和による通貨価値の引き下げが必要な場合は、預金を含めて通貨の総量を増やしてやるしかありません。
そこで、日銀は、民間金融機関がたくさん保有していた国債を、新規に発行した通貨で買い取ることで、民間金融機関が保有する通貨の総量を増やす政策を実施しています。
この政策を量的緩和と呼びます。
量的緩和で買い取る物は、実は何でも良く、国債に限らずETFなどの株式でも有効です。「トマトケチャップでも構わない」という極端な説明もあります。
しかし、現実的には国債の買い取りが一番有効で現実的です。
国債以外の物を日銀が大量に買い取りますと、その買い取った物の市場価格が跳ね上がり、価格メカニズムを歪めてしまいます。
国債なら政府と日銀の協調で、価格(金利)を適正にコントロールできます。
量的緩和を実施しても、民間金融機関の預金が増えるだけですので、これに加えて預金が「企業や家計」へ還流する政策が必要なのですが、それはゼロ金利政策が一つの手段として機能しています。
ただ、これだけでは不十分で、本当は政府の財政出動総額を拡大することで、「企業や家計」へ通貨(預金)を還流させる必要があります。
例えば公共事業を増やして、政府から企業への建設費支払総額を増やせば、企業へ通貨を還流できます。
公共事業の仕事が増えれば、土建業界の雇用も増えて、給与所得者の総数が増える形で家計へも通貨が還流できます。
社会福祉予算の拡大や、何らかの給付金や補助金のような形でも、通貨を企業や家計へ還流できます。
防衛費拡大でも減税でも同じです。
この話は、本来は総需要と潜在的総供給能力の関係で考えるべきですが、説明が長くなるので今回は、省略します。
この記事は財政政策は解説を見送り、国債の解説だけ行いたいと思います。
インフレ目標政策とは、通貨価値が年率で、2%以上5%未満(理想的には2%から3.5%の範囲内)の速度で下落する経済状態を目指し維持する政策です。
この範囲をインフレ率が上回れば引き下げ、下回れば引き上げて、適正なインフレ率を永続的に維持します。
適正なインフレ率を維持する理由は、「中央銀行とインフレ目標政策」という記事でも書きましたが、完全雇用を維持するためです。
つまり、インフレ目標政策とは、雇用を最大化する政策です。
中央銀行(日本銀行)は政府の資産
日本銀行は株式会社
中央銀行である日本銀行は株式会社です。
政府の機関ではありますが、通常の官公庁とは違い、民間企業と同じ株式会社として設置されています。
日銀法8条で、政府は日銀の株式の55%を保有する事が義務づけられています。
つまり、日本銀行は政府の所有物である事が法律で義務づけられているということです。
日銀法8条の裏付けがありますので、日本銀行がどこかの大資本に買収されて支配されることはありません。
よく「ロスチャイルドの陰謀論」で「世界の中央銀行をロスチャイルドが支配している」などと吹聴している人々が世界に多数存在するそうですが、法的にも資本的にもあり得ない話です。
諸外国の中央銀行でも同じ事です。
日本銀行の保有する国債の意味
量的緩和では「日銀が、政府の債務である『国債』を新規通貨で買い入れる」という事を先に説明しました。
また、日銀の株式の55%を政府が保有していることも説明しました。
資産・負債の視点で見ますと、「政府の資産である日銀が政府の債務(国債)を保有していること」が理解できると思います。
政府の資産を会計的に政府の構成員として解釈する概念に「統合政府」というものがあります。
統合政府では中央銀行(日銀)は政府の一部分となります。
日銀の保有する国債について言えば、統合政府(政府)の債務を統合政府(日銀)が引き受けていることになります。
簡単に言えば「統合政府が統合政府に金を貸している」ということです。
つまり、日銀の保有する国債は債務債権として見ると「無意味」な存在と言えます。
通常、企業では親会社と子会社の間にある債務債権は相殺消去して連結決算します。
もし政府が企業だったらこの連結決算のルールにより、日銀の保有する国債は全て相殺消去されます。
現実には政府は企業ではありませんので、連結決算はできませんが、債務として無意味なのは理解できると思います。
これは家族に例えて言えば「妻が夫に金を貸している」状態に等しく、家族全体では外に返済する債務が無い状態です。
日本における政府と日銀も、家族における夫と妻と同じです。
日本の国債には償還(債務返済)のルールがありますが、国内法で勝手に決めているだけで、日銀の保有する国債に関しては償還の合理的必然性はありません。
法律に従い、償還する必要の無い国債を償還しているのが現状です。
この無駄な法律は改正すべきです。
法律は別途解説します。
国債発行総額に重要な意味はない
日本銀行が政府の資産であり、日本銀行が保有する国債(政府の債務)は、債務債権として無意味であることを解説しました。
新聞報道などでは「国債発行総額がGDPの220%に達しており日本の財政は危機的状況だ」という内容の意見が良く報道されます。
これはその新聞社の意見であり、事実に照らし合わせてみれば、間違いです。
統合政府で考えれば、総合政府の債務と呼べる国債は、国債発行総額から日銀が保有する国債総額を差し引いた金額になります。
仮に国債発行総額が1200兆円で、日銀の保有する国債が500兆円なら、差し引き700兆円が統合政府の債務となります。
また、政府には債務だけではなく、資産もありますから、政府の債務を計算するには、資産と債務の差を取る必要があります。
統合政府の債務総額から資産総額を差し引いた純債務は、金融資産だけで計算してもほとんどゼロに等しいですので、統合政府の純債務問題は、そもそも問題自体が存在しないのです。
国債発行総額に基づく財政危機問題など初めから存在しないということです。
量的緩和は円安誘導ではない
アベノミクスを誤解している人々のなかには、アベノミクスや日銀の量的緩和策を「通貨発行で為替を円安に誘導して輸出貿易の利益を増大させ、国内経済を活性化させる」政策と勘違いしている人が多いですが、アベノミクスも金融緩和策もインフレ目標政策であり、為替目標政策ではありませんので、為替は全く関係ないです。
何度も説明していますが、インフレ目標政策は通貨価値を下落させることにより、雇用と消費を増大させる政策です。
金融緩和は総需要(消費)を増大させる政策で、輸出を増大する政策ではありません。
インフレ目標政策の目標は完全雇用です。
雇用を拡大して国民の所得を増大させて、消費を拡大することにより、GDPを成長路線に乗せるのが目標です。
アベノミクスは半ばそれを達成しているのです。
量的緩和の制約と国債の種類
量的緩和はインフレ目標政策のために行っていることを説明しました。
日銀が量的緩和政策を実行中は、日銀が国債を購入してくれますので、政府は国債を財源にした予算を組めます。
しかし、インフレ目標達成のための政策ですから、目標を達成したら、量的緩和は中止する必要があります。
量的緩和を中止してしまいますと、日銀は国債の購入を止めてしまいますので、政府は国債を財源にした予算を組めなくなります。
国債財源を充てにできない場合、主に税収で予算を組むしかありません。
税収はインフレ目標が近づくに従い増加しており、インフレ目標達成時には税収が予算総額に追いつく事が予想できます。
これを解説するのは文字数が必要ですので、別の記事で行います。
現在の経済はGDPギャップやGDPデフレーターを見る限りインフレ目標を達成していません。
まだまだ量的緩和の継続が必要です。
現在は量的緩和を前提とした国債財源による予算を組めます。
しかし、数年後にインフレ目標を達成したときは税収だけで予算を組まなければなりませんので、国債発行には法律により野放図な国債発行を抑制する「制約」が作られています。
その制約の説明と同時に国債の種類についても解説します。
財政民主主義
憲法に以下の条文があります。
第八十三条
国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。
第八十五条
国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基づくことを必要とする。
国債を発行する場合は、国会の議決を得なければなりません。
政府の債務は国会の承認なしには発行出来ず、金額も国会で随時承認を得なければなりません。
国債の発行ルールを規定した法律には財政法があります。
財政法に以下の条文があります。
第四条
国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければなりません。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源は、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなせる。
② 前項但し書きの規定により公債を発行し又は借入金をなす場合においては、その償還の計画を国会に提出しなければならない。
① 第一項に規定する公共事業費の範囲については、毎会計年度、国会の議決を経なければならない。
第五条
すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。
財政法第四条で原則として国債を財源とした予算を組むことは禁じられています。
しかし、財政法第五条によって、「特別の事由がある場合」には国会の議決を得れば国債を財源とした予算が組めることが明記されています。
この議決を決める法律の事を「特別公債法」と呼びます。
また、公共事業費に関しては国会の議決を経た金額の範囲内で、国債を発行できることが明記されています。
赤字国債
財政法第五条の「特別の事由がある場合」の規定に従って、特別公債法を国会議決して、発行する国債を一般に「赤字国債」と呼びます。
通常は自然災害や紛争など、非常事態に対応する為の特別な予算を確保する為に発行します。
本来の主旨は災害や紛争対応の為の国債ですが、デフレ不景気など、政府予算の税収不足を埋めるために発行されることも多いです。
デフレ不景気対策として量的緩和により日銀が買い取る事を想定しているのも、この赤字国債と考えて差し支えないと思います。
建設国債
財政法第四条で公共事業費を目的とした国債発行は認められています。
これを建設国債と呼びます。
なぜ原則として赤字国債は認められないのに、建設国債は認められるのかと言えば、簿記の帳簿で考えてみると理解できます。
赤字国債を発行した場合は、資産側に「現預金」、負債側に「借入金」が増加します。
「現預金」は支出が予算で決まっていますから、後に無くなります。
「借入金」だけが増加します。
「借入金」は後で「現預金」で返済しなければなりません。
だから、赤字国債は発行を制限されます。
しかし、建設国債の場合は、資産側に「建物(固定資産)」、負債側に「借入金」が増加します。
「借入金」は負債ですが、「建物(固定資産)」は資産です。
負債と資産が同時に増えますので、政府の純債務は増加しないのです。
「借入金」は建物など固定資産の減価償却に従って返済(償還)するルールになっています。
このルールにも問題があるのですが、後に説明します。
建設国債は固定資産が残りますので、政府の純債務が増えませんから、財政法で国債発行が認められているのです。
借款債
国債には、2年物国債、10年物国債、20年物国債というようにそれぞれ定められた償還期限があります。
償還期限が来たら償還(返済)しなければなりません。
しかし、償還期限が来たからと言っても償還に必要な税収が不足している事がほとんどです。
国債の償還は、償還期限が来たから現預金で返済するというほど、単純なものではありません。
通常の国債償還は「借款債」という国債を新規発行して、償還費用を確保して償還します。
つまり、新たに借金して、借金の返済をします。
実際に税収である現預金で償還(返済)するのは、国債発行総額の1.6%だけです。
国債の償還には「60年償還ルール」というものが行政側で定められています。
これは特別会計法という法律に従うために、行政側で定めたルールです。
法律の事は後で解説します。
国債を1.6%ずつ償還して行きますと、だいたい60年で全額償還する計算になります。
教育国債と子供国債
教育国債と子供国債という制度は、現在の日本には存在しません。
しかし、少子化対策の議論で、少子化対策の財源論の中で議論される国債制度です。
教育国債
現代では、日本の大学の学費は昔に比べて高騰しており、デフレ不景気と少子化などの影響もあって、子供の親世代が子供の学費を負担できなくなっています。
多くの子供達は、自分で奨学金という名目の借金をして大学の学費を支払っています。
教育国債とは、子供が受給する大学の奨学金を、国債で負担して、返済不要の奨学金を給付するという、大学教育無償化策の中で語られる国債の制度です。
教育国債は奨学金給付で必要な額だけしか発行できません。
教育国債の償還は以下のルールで実施されます。
大学教育を受けた労働者は、受けていない労働者に比べて、生涯年収が一定の割合で高くなる傾向にあります。
生涯年収が高くなると支払う所得税の金額も高くなります。
この所得税税収の割り増し分を、国債償還に使用するのが、教育国債の方法です。
きちんとした償還計画のある国債発行制度です。
子供国債
子供国債に関してはもっと単純です。
子供が一人生まれますと、国民が一人増えます。
国民が一人増えますと、労働しなければ暮らしていけないですし、大半は労働できますので、生涯にわたって納税することになります。
この納税額の増加分を国債の償還の財源にするのが、子供国債です。
子供国債で得た予算は、少子化対策として育児支援などに充てられます。
こちらも、きちんとした償還計画のある国債発行制度です。
戦時国債
もともと、国債発行という行為は、戦争や自然災害など国家の非常事態に対応する為に発行するものです。
経済状態が健全なインフレの、平時であるなら、国債発行は必要ありません。
戦時国債というのは、国家が外国から侵略されたなどの理由で、自衛戦争しなければならない時に発行する国債です。
日本の場合、日露戦争の時に海外から借金をしたため、多額の戦時国債を外国に購入してもらっていました。
現在と異なり国債の所有者が外国ですので、「国債の信認」というものが重要でした。
そこで国債を税収の一部で償還していく「減債制度」が作られました。
この減債制度は何度が法制度が変更され、現在の「60年償還ルール」へと繋がっています。
ちなみに現在の日本国債は9割以上国内で保有され、さらに日本政府は多額の米国債など外債を保有しているため、昔と違い「海外に金を貸している」状態にあります。
戦時国債は非常時に発行する国債ですので、発行する国債の総額も大きく、償還にも大変な時間がかかるものです。
防衛国債
私がメディアを見る限り、防衛国債という言葉の定義は曖昧で、償還方法などの明確な定義は定まっていないと認識しています。
政治家やメディアなどの話を聞いていると防衛国債は大きく3種類に分かれると考えます。
戦時国債
先に説明した戦時国債と同じ意味で防衛国債という言葉を使用している人もいます。
この場合は戦時国債という言葉を使用するべきではないかと思います。
使い難いのなら災害国債とでも呼べば良いのではないでしょうか。
戦時災害国債なら一番実態に合っています。
防衛資産用途の建設国債
これは最近、岸田政権が認めた建設国債の使い方です。
少し前まで日本では自衛隊の艦船や戦闘機など装備品や、自衛隊の建設物などに建設国債を発行する事を認めていませんでした。
岸田政権が防衛費の大幅増額を決めた時点で、建設国債を防衛資産の購入の為に発行する事を認めました。
現在では防衛国債と呼ばずに、建設国債と呼べば良いと思います。
インフレ目標達成までの繋ぎの赤字国債
これは経済に明るい人達が主張している意見です。
インフレ目標達成までは量的緩和が必須となり、同時に日銀が国債を引き受けるため、国債発行が可能になります。
発行した国債は日銀が購入する為、統合政府の債務は膨らみません。
もちろん日銀の国債購入の速度に合わせて国債を発行する必要があり、野放図に国債発行できるわけでは無いです。
しかし、同時に日銀が買い取る額だけ国債発行が可能ですので、その額以内の金額の国債は政府予算として使用する事ができます。
この赤字国債はインフレ目標達成までの期間限定でのみ使用できる財源です。
いつインフレ目標達成するかは分かりません。
国債の償還
量的緩和の解説で中央銀行側から見た国債の仕組みについて説明しましたが、今度は政府から見た国債発行の仕組みについて、解説します。
一般会計と特別会計
政府の予算会計は二つに分けて運用されています。
一年単位で会計管理している政府会計を一般会計と呼びます。
二年以上の長期的運用で会計管理するものは全て特別会計で管理しています。
一般会計で管理するものは、社会保障費・公共事業・防衛費・教育科学振興・地方交付税交付金・国債償還費が主です。
特別会計で管理するものは国債償還や災害復興事業の運用など国家的に取り組む事業や債務債権の管理などになります。
古くは新幹線の建設など大規模公共事業の運用にも使われています。
現在は脱炭素などエネルギー事業が対象のようです。
国債は最も短期でも二年物ですから特別会計で主に管理します。
60年償還ルール(国債償還のルール)
政府が発行した国債は通常、それぞれの償還期限を迎えると同額の借款債という国債を発行して、債務の更新を行います。
つまり借金の借り換えを毎回行います。
更新期限を迎えたからといって税収など現預金から返済しなければならないわけではありません。
この点は企業の債務とあまり変わりません。企業も事業を継続する限り一定の債務を保有し続けます。
一般会計での国債償還ルール
国債は最短でも二年物なので主に特別会計で会計管理することは先に説明しました。
しかし、日本には本来は単年度会計だけを対象とする一般会計で国債の一部だけを償還する制度があります。
これを「60年償還ルール」と呼びます。
特別会計での国債会計は借款債での更新なので償還(返済)はしません。
一般会計の国債管理は全て償還手続きになります。
簡単に言えば税収の現預金で国債を返済する手続きになりします。
現預金も国債もこの手続きで消滅しますから、マクロ経済的には金融引き締めに該当します。
債務の圧縮(蒸発)
インフレとは継続的に通貨価値が下落する経済であることを説明しました。
国債のような政府債務に限らず、企業でも家計でも、インフレ経済下では金融資産も負債も通貨で保有する場合、その価値はインフレ率の速度で下落します。
よって企業の負債も家計の住宅ローンも政府債務も、全ての実質価値は継続的に下落します。
政府の発行した国債の総価値も下落します。
もし、債務が増え無ければ、インフレ経済ではGDPが成長しますから、GDPに対する政府債務の比率は相対的に減少します。
GDPが500兆円のときの政府債務が1000兆円であれば、債務のGDP比率は200%になります。
GDPが1000兆円に成長しますと、政府債務が1000兆円であれば、債務のGDP比率は100%に減少します。
財政破綻には「ドーマーの定理」という法則があります。
「国債の利子率(金利)がGDP成長率より大きければ、国債残高は増加し続けて財政破綻リスクが増します。
利子率が成長率より小さければ、国債残高は減少して財政は安定性を増す」
という定理です。
前者も後者も同じ事を説明しています。
適正インフレの成長経済下では、債務はGDPに対して相対的に価値が減少して、縮小します。
この債務の縮小を「債務の圧縮」とか「債務の蒸発」と呼ぶこともあります。
日本国債もインフレ目標政策で適正な2%以上のインフレ経済になれば、債務総額の蒸発が初まり、GDPの成長と共に債務の対GDP比率が減少します。
よって、債務の償還をする必要は無く、海外でも日本の国債償還費のような制度は存在しません。
その必要が無いからです。
なぜ国債を償還するのか
国債償還の事を別名「減債」と呼びます。
なぜ減債制度が必要なのでしょうか。
諸外国にはこのような減債制度は存在しません。
国債金利が上がれば国債発行を引き締め、金利が下がれば国債を増やすなどして緩和します。政府が国債発行償還する場合も、中央銀行がやる場合もあります。
要するに国債金利と通貨価値が適正水準を維持する為の金融政策ですので、借金を返済するかどうかは、国債金利が不適当に上昇した場合に考えれば良いわけです。
金利が低いにもかかわらず無条件無目的に国債を償還するのは無意味で且つ有害なことです。
先にも少し説明しましたが、日本において減債制度が導入されたのは日露戦争で外国から多額の借金をして戦費を調達したため、外国に購入してもらった国債の金利を適正に保つ必要があったためのようです。
国債価値が暴落して金利が高騰すると外国に支払う国債金利も高騰します。
だから日本では「国債の信認」という言葉が重要視されるのでしょう。
ただ、これも説明しましたが、現在の日本政府は外国に純債務は無く、多額の米国債を保有しています。
つまり「外国政府に金を貸している」のが日本政府の対外債務の状況です。
また、日本政府の発行する国債は円建てで、9割以上日本国民が購入しています。
日本の国家単位でも対外純資産は400兆円を超える世界一の債権国になっています。
政府単位でも国家全体でも、日本は海外に返済する純債務は無い状態です。
つまり、なぜ国債を償還するのかと説明すれば、昔は外国から借金していたので国債償還によって国債の信認を確保する必要があったのですが、現在は借金がありませんので、必要の無い制度を無意味に惰性で運用している、と説明するのが妥当と考えます。
一般会計の国債償還費
一般会計の歳出の中に国債費という24兆円の予算があります。
この内訳は16兆円の債務償還費と、8兆円の利払い費で構成されます。
政府が過去に発行した国債を、一般会計予算で返済するのが債務償還です。
債務償還費は別名、国債償還費と呼ばれます。
もしインフレ目標を達成すると一般会計の歳入はほとんど税収になります。
この国債償還費は毎年、市場に存在する現預金と国債を消滅させる為に支払っています。
先に説明したように日本は外国に借金しているわけではありませんので、税収で国債を返済する合理的理由は無いはずです。
自民党の安倍派は国債償還費の減額や廃止を主張し、防衛費増額の財源に使用するべきと政府に働きかけています。
特別会計法42条
国債償還費と「60年償還ルール」の法律的裏付けになっているのが、特別会計法42条です。
非常に単純化して説明してしまえば、国債発行総額の1.6%を一般会計から返済しなければならないと義務づけた法律です。
国債を1.6%ずつ返済していきますと、60年で完済できます。
国債発行総額が増えるほど、単年度の返済額が増えます。
特別会計法が公布されたのは、昭和19年の戦争末期です。
当時の大日本帝国は戦時国債発行による高インフレに悩まされていました。
それに日露戦争から続く減債制度の政治的慣習もありました。
減債制度の前例に乗り、高インフレを抑制する為に国債償還を義務づけたものと思われます。
繰り返しになりますが、現代の日本には必要の無い制度です。
現代日本ではインフレ率を引き上げる為に、金融緩和を実施している最中です。
デフレ対策としては、国債償還や減債行為は金融引き締めになりますから有害になります。
特別会計法42条は既に役割を終えた、時代遅れの制度と考えるべきでしょう。
財政法4条・5条・6条
財政法は日本国憲法と同時に公布された法律で、平和憲法と同様に当時の占領軍であるGHQの意向が強く反映された法律と言われています。
GHQは二度と日本が戦争する事ができないようにすることを目的にしていたそうですから、財政法も日本が戦時国債を発行出来ないように、国債発行を制限する目的で導入されたものと思われます。
財政法4条は、建設国債以外の国債発行を原則禁止しています。
赤字国債は国会で特例公債法の議決無しには発行を禁止しています。
財政法5条は、日銀が政府債務を直接引き受ける事を禁止しています。
財政法6条は、予算が余った場合は過去に発行した国債の返済に回す事を義務づけています。
非常に単純化すれば「借金するな、借金してもすぐ返済しろ」という内容の法律です。
家計なら健全な会計ですが、企業や政府には相応しくない内容だと思います。
財務省設置法3条
財務省設置法3条には財務省の役割が明記されています。
この中に「健全な財政」を守るという役割が明記されており、これが財務省がアベノミクスの国債発行と量的緩和に否定的になる第1の理由となっていると思われます。
もう一つの問題として、財務省設置法には政府の財政に責任を持つことだけが明記されており、国家経済全体への責任について明記されていない点があります。
不景気に国民が大量失業していようが、国民が災害で多数犠牲になろうが、財務省の第1の役割は「健全な財政を守る事」になってしまうからです。
実際に財務省はそのように行動しています。
健全な財政を守るためなら、国防も公衆衛生も国民経済も犠牲にしかねません。
財政関連諸法の改正の必然性
ここまで説明したきたように、現在の日本の特別会計法42条、財政法4条・5条・6条、財務省設置法3条など、財政関連諸法にはマクロ経済政策的に間違っています。
これらを現代日本の対外債務債権の状況や、デフレやインフレなどマクロ経済環境に合った法律に改正する必要があると思われます。
改正内容としては、以下の要点が考えられます。
「一般会計の国債償還費の廃止」(特別会計法42条の削除)
「量的緩和で必要となる国債発行は制限無く発行でき、政府債務に計上しない」(財政法)
但し、国会の議決は必要です。
「日銀が保有する国債は国会の議決で相殺消去できる」 (財政法)
「量的緩和目的の国債は日銀が政府から直接引き受ける事ができる」 (財政法)
「財務省は国民経済と特に完全雇用に責任を持たなければならない」 (財務省設置法)
「日本銀行は適正な物価上昇率と、完全雇用に責任を持たなければならない」(日銀法)
注意点として以下の事も法律明記が必要です。
「量的緩和で必要となる国債額は日銀が決める権限を持つ」 (財政法か日銀法)
「財務省は国民の命と経済を第1優先にして、第2に健全な財政に責任を持つ」 (財務省設置法)
また、量的緩和目的ではない国債発行は現行法と同様の制限を受けます。
国債発行とインフレ目標政策
量的緩和の解説で既に説明しましたが、日銀が量的緩和をするには金融市場に買い取るための国債が存在していなければなりません。
国債は政府が発行しなければ存在しないことになります。
もし日銀が量的緩和を実施しようとしても、金融市場に国債が存在しなければ民間企業の株式でも購入するしかありません。
少量なら良いですが、日銀が大量の株式を購入してしまいますと、株式に正常な市場メカニズムが働かず正当な株価がつかなくなります。
資本主義を守るために存在している日銀が資本主義を壊すことになります。
日銀が大量の株式を購入することは控える必要があり、故に日銀が健全な量的緩和を実施するには、市場に国債が必須となります。
一方、政府は国債を発行すると国債発行総額の1.6%の国債を一般会計から償還(返済)しなければなりません。
残り98.4%は特別会計で借款債を用いて更新するだけなので特に負担にはなりませんが、1.6%だけは一般会計予算を圧迫します。
現行法だと可能な限り国債発行はしないほうが良いことになります。
この法律体制ですと、一度デフレ経済に落ち込みますと、健全な量的緩和と財政出動ができなくなりますので、デフレ不況から抜け出せなくなります。
そのため現行法のままなら、多少は将来の一般会計予算を圧迫する事を覚悟してでも、必要な国債を発行する必要があります。
そうしなければ永遠にデフレ不況から抜け出せず、GDPの下落による税収減少で国民生活が貧困状態になるでしょう。
国債発行の上限
国債発行は量的緩和で日銀が買い取るために必要な物ですが、量的緩和で必要な量以上に国債を発行しすぎますと、国債の価値が下がって国債金利が上がります。
金利が少し上がる程度なら良いですが、あまり上がり過ぎると政府の金利支払いの負担が増えて財政を圧迫しますし、国民も融資を利用できなくなり経済が収縮します。
国債の価値と金利は適正水準である必要があり、政府が発行する国債の量にも適切な量の調節が必要です。
日銀も大量に国債を購入するために通貨を発行しすぎますと、高インフレになります。
戦争中はこの状態になっていました。
適正な国債発行の量を考えますと、以下のように説明する事ができます。
インフレ目標達成するためには量的緩和が必要です。
インフレ目標達成後は、量的緩和を中止する必要があります。
インフレ目標達成前は、国債を発行出来ます。
インフレ目標達成後は、国債を発行できません。
政府の予算の財源を考える場合、インフレ目標達成する前は国債を財源にする事が可能です。
インフレ目標達成した後は、国債財源を充てにすることはできません。
税収とGDP
政府予算の財源を考えるとき、大半の人は現在の税収と税率のことしか考えません。
しかし、財務省のサイトで過去の税収の推移を確認しますと、アベノミクスの期間はGDPの成長を上回る速度で税収が伸びていることが分かります。
GDPは国民の所得の合計で、税率は所得に対して掛かるので所得合計が増えると税収も増えるのです。
ここ数年、人口はあまり変化していませんから、GDPと税収は明らかに景気に左右されている事がわかります。
つまり景気を良くしてGDPを増加すれば税収は増えるということです。
また、アベノミクスの期間中はGDPが1%成長する事に、税収は2.7%から2.9%ほど伸びているそうです。
このままGDPを成長させていけば、税収は増え続け、いずれ財政収支は均衡し、赤字国債で予算の歳入不足を埋める必要がなくなります。
この事からも税収を増やす為には経済政策でGDPを増やす必要があり、それは可能である事が過去のアベノミクスで立証されているはずです。
本予算と補正予算
予算には通常の予算以外に、戦争や自然災害や今回のパンデミックのような非常時に特別な予算が必要になる場合に、組まれる補正予算というものがあります。
通常の予算をここでは「本予算」と呼びます。
本予算は特別な歳出は考えず、通常の国家運営に必要な予算を組みます。
道路や橋などインフラの建設や維持費、社会保障や福祉の予算、教員や科学技術の振興予算、防衛費、地方交付税などです。
補正予算は、通常の予算と別に地震災害やパンデミックや戦争対策などで、別途必要な予算を管理する予算枠です。
パンデミック対策で大量発行された国債も補正予算の財源になっています。
税収不足で一般会計歳入に組み込まれる赤字国債は本予算になります。
本予算は国民生活にとって必須のものですので、簡単に減らすことはできません。
だから政治家は本予算の増額には慎重になります。
一方、補正予算は非常予算ですので、予算を減らしたり廃止したりするのが、比較的容易です。
パンデミック対策で比較的簡単に多額の補正予算を組む事ができたのも、いつでも止める事ができるからです。
本予算では補正予算のように簡単に予算を廃止することはできません。
社会保障と社会保険(税財政と保険財政)
政府の財政を考える上で、もう一つ注意しなければならない者に、税財政と保険財政の区別があります。
税財政とは、国民からの税収と国債の二つを財源にして成り立つ財政で、一般会計と特別会計を意味します。
税財政は本質的に、資本主義的再分配を目的としていますので、格差是正や公共インフラの維持、競争敗者を市場へ戻す事を目的とします。
よって税は必ず累進制を持ちます。
保険財政は、年金保険や健康保険や介護保険など、国民が納める保険料で回る財政のことです。
一般会計や特別会計とは別枠の会計となります。
運用原理も保険原理で運用されており、再分配原理では運用されていません。
保険とは確率的に一定数発生する、一部の不幸な人に保険金を給付する仕組みです。
健康保険が分かりやすいですが、年間で病気や怪我をする人の割合は一定の少数です。
この少数の不幸にも病気や怪我をした人に、それ以外の幸運で健康な人が健康保険料を支払って、不幸な人の医療費の7割を負担してあげるのが健康保険です。
年金保険も「働けないほど長生きしてしまった」人に、「働ける人」が年金保険料を負担して、年金保険料を支払ってあげる保険制度です。
一般には福祉制度と誤解している人も多いですが、健康保険と同じで一部の不幸な人に保険金を給付する保険制度です。
「長生きは不幸では無い」と思われると思いますが、ここで言う「不幸な人」の定義は「保険金を受給できる条件を満たした少数の人々」という意味で受け止めてください。あくまで保険システムの仕組みの説明をしています。幸福論を語っているわけではありません。
早死すると年金保険は受給できません。
平均寿命を基準に年金支給期間を定めますので、単純に考えると国民の半分は支払損になります。
また、寿命が延びると年金で得をすることを期待するのは難しくなると思います。
保険である以上は歳入と歳出の収支は一致しなければなりませんので、寿命が延びて少子化も進むと年金支給開始年齢を後退させて歳入と歳出の収支を一致させる必要があります。
この点が税による再分配と違う点です。
税財源で運用されるものを社会保障と呼びます。
社会福祉や再分配に該当するものは、社会保障になります。
生活保護も社会保障になります。
保険財源で運用されるものを社会保険と呼びます。
年金や健康保険や介護保険は、社会保険に該当します。
税財源の社会福祉は再分配目的ですから、累進課税で高所得者から多くの税を取り、低所得者に分配します。
これに対し、社会保険は文字通り保険ですので、多数の幸運な人々から保険料を取り、確率的に少数発生する不運な人々に保険金を支払います。
よって保険は税のような再分配ではありません。
国の財政を考えるとき、税財政と保険財政は会計枠が全く別になっており、同じ考え方は通用しないという事は、認識しておく必要があります。
歳入も税と保険料は別々に徴収されますし、歳出も別です。
よく生活保護バッシングで、生活保護と年金を同列に語る人がいます。
生活保護は税財源ですが、障害年金などは保険制度ですので、保険料を支払っている人には保険給付条件を満たせば、保険金を受け取る権利があります。
老齢年金も同様です。
終わりに
以上、国債に関連する経済政策を考える上で必要最小限と思われる、国の制度とその問題点についての知識を、かなり駆け足で説明しました。
全てを詳しく分かりやすく説明しようとすると、図表などを使ってもっと長い説明が必要になります。
今回は、大雑把に概要だけの説明をまとめました。
量的緩和と国債発行の基礎知識は、国家予算や税制や社会保障制度などを考える上で、最小減必要な知識です。
特に今の時期は、アベノミクス開始から10年経ち、インフレ目標はまだ未達ながらも雇用は増え、コストプッシュ・インフレを除く本来のインフレ率も徐々に上がってきている状況であります。
言い換えると、インフレ目標達成前で国債発行による財源確保が可能な時期ではありますが、近いうちにインフレ目標達成することが見えており、長期的な国債財源は充てにできない微妙な時期を迎えています。
こんな時期だからこそ、量的緩和と国債と財政と法律に関する正しい知識を持って、国の財政や税制を考える必要があります。
少しでも、国民の皆さんが正しい経済論争をしていただく助力ができれば良いと思います。
注意事項としてテレビや新聞の経済報道は、間違いだらけなので信用してはいけません。
正しい知識は自分で身につけるしかない、厳しい世の中になっている事を自覚すべきでしょう。