日銀の植田総裁候補所信聴取の感想

2月24日に衆議院、同月27日に参議院で、日銀の植田総裁候補の所信聴取が行われました。

衆議院の方は、先日その内容の書き起こしをこのブログで掲載したばかりです。

27日の参議院の所信聴取は掲載する予定はありません。

 

どうせその内容は衆議院と同じになるはずだからです。

 

実際に衆議院と参議院の所信聴取の内容が異なるという報道や噂は皆無です。

 

だから、植田総裁候補の評価は衆議院所信聴取だけ見ていれば分かるはずです。

だから参議院の所信聴取は書きません。

 

書くのが大変で面倒くさいというのもあります。

あれだけ長文を書き起こすは、かなり疲れます。

 

 

では、衆議院の所信聴取の要点を引用してみます。

 

植田総裁候補衆議院所信聴取の要点

まず、冒頭の挨拶から。

 

「消費者物価の上昇率は4%程度と目標とする2%よりも高くなっております。しかし、その主因は輸入物価上昇によるコストプッシュでありまして。 需要の強さによるものではありません。 こうしたコストプッシュ要因は今後減衰して行くとみられることから、消費者物価の上昇率は来年度23年度半ばにかけて2%を下回る水準に低下して行くと考えられます。 金融政策の効果が発現するまでには、ある程度の時間がかかります。 金融政策の理論では需要要因による物価上昇には予防的に対応して需要を抑制する一方、コストプッシュによる一時的なインフレ率の上昇には直ちに反応せず、基調的な物価の動向に反応するというのが標準的な対応と考えます。 そうでありませんと、金融引き締めによって需要減退させ、景気悪化とその後の物価低迷をもたらすことになってしまいます。 この点わが国の基調的な物価上昇率は、需給ギャップの改善や中長期の予想インフレ率の上昇に伴って緩やかに上昇しているというふうに考えられます。 ただ目標の2%を持続的安定的に達成するまでには、なお時間を要するというふうに考えております」

 

これは現状認識の説明ですが、現在の4%を超えるインフレがコストプッシュであり、需要の強さ(ディマンドプル)によるものでは無いと明白に説明しています。

また、現時点での金融引き締め(金利引き上げ)に対して景気悪化をもたらすと否定的見解を述べています。

「わが国の基調的な物価上昇率は、需給ギャップの改善や中長期の予想インフレ率の上昇に伴って緩やかに上昇している」

この文面から、需給ギャップと予想インフレ率に注目している事が窺えます。

基調的な物価上昇率というものが、単純にCPIを示すものではない事を示しています。

CPIには国内ではCPI、コアCPI、コアコアCPIがあり、国際標準では「食料とエネルギー価格を除くCPI」である通称「欧米型コアCPI」というものがあります。

日本の欧米型コアCPIは1.5%ぐらいと言われており、まだ2%には達しておりません。

「基調的な物価上昇率」という言葉を使用する理由として、この変のCPI値がいくつもあり、混乱を招く可能性があるからではないかと思われます。

ちなみに現在の需給ギャップはマイナスです。

 

「目標の2%を持続的安定的に達成するまでには、なお時間を要する」という台詞から、「基調的な物価上昇率」で2%目標を目指す事を明言していると言って良いでしょう。

 

「先ほど話した経済、物価情勢を踏まえますと、2%物価安定目標の実現にとって必要かつ適切な手法であると思います」

「金融緩和を継続することが適切であると考えます」

こちらの台詞でも、明確にインフレ率2%目標を目指す事を明言しています。

 

「日本銀行のもう一つの重要な責任は、金融システムの安定でございます」

この台詞は植田総裁の特徴とも言える台詞と思えます。

 

なぜ2%の目標か

立憲民主議員の「なぜ2%の目標に拘るのですか」という質問に対する答えです。

 

「これはまあ、こういう言い方をしてみもふたもないかもしれませんが、一つの世界標準のインフレ目標であるというふうに考えてございます。で、その背景といたしましては主に二つの点、があるかと思います。

一つは消費者物価の計測のところで、若干の上方バイアスがあります。これに対して配慮するという点。

二番目に目標のインフレ率が高いほど目標が実現した段階ではそれに応じて、名目の金利も高くなります。

で、その状態に達しておりますと、そこで何か景気が悪くなる、金融システムの問題が発生するようなマイナスのショックが発生した時に対応する余地が広がります。

この対応の余地を広げるということを、よく「糊代(のりしろ)を確保する」というふうに言ったり致しますが、この糊代として2%程度のインフレ率が適当ではないかという考え方かなと思います。」

 

リフレ派の考え方ですと、フィリップス曲線というインフレ率と失業率の逆相関を示す法則を根拠に、インフレ率が2%を超えた時に、完全雇用に達する経済の性質があり、それを理由にインフレ率2%を達成することで、完全雇用と呼ばれる「労働市場がこれ以上に労働者を供給できない好景気の状態」を実現するために、インフレ目標2%を目指すという説明になります。

この説明が出てこなかったのは、残念であります。

ただ、なぜこの説明が出てこなかったのか、と邪推すれば、この説明をするとさらにフィリップス曲線と完全雇用について説明しなければならず、説明が非常に長くなる可能性があります。

立憲民主の議員は明らかに経済が分かっていない人ですので、簡単な説明で済ませたのではないか、と私は推測しています。

 

なぜ10年金融緩和を続けてインフレ率2% が達成できないのか

同じく立憲民主の議員の質問に対する答えです。

 

「物価は単純に考えますと、やはり財サービスの需要と供給で決まるものでございます。 で貨幣数量説的な考え方をこういう見方に当てはめますと、結局は財とサービスの特に需要の背後の一つの背後の要因の一つとして、貨幣的なものがあるということになるかと思います。

で、さまざまな理論的な条件が満たされれば、長期的には貨幣的な要因が支配的になって物価が動く、という結論を出せるわけですが、現実の経済では貨幣適用以外の先ほどもちょっと申し上げましたようなさまざまなショックが財サービスの需要、あるいは供給に影響を与えます。

それから貨幣的な要因の財サービス事業への影響も状況によって、大きく異なってくるということかなと思います。

これも先ほどちょっと申し上げましたが、通常は(貨幣の)量を増やしますと、それによって金利が下がって総需要を刺激すると言う道筋になります。

ところが、金利が0近辺でそれ以上に下がらない制約が強く効いているところでは単純に(貨幣の)量を増やしただけでは財サービスに対する需要が増えにくい、という状況になって。

だから貨幣的要因の力が全体として発揮されないということであったかなというふうに考えてございます。」

 

デフレからのインフレ目標2%政策は、金融緩和と財政出動によって実現する方法論です。

金融緩和でも需要拡大は起きますが、追加で財政出動による需要拡大への加速が無ければ、十分な需要拡大は起きません。

 

以下に岩田規久男元日銀副総裁のNHK日曜討論でのコメントを引用します。

 

「あの、よく『アベノミクス三本の矢』って言っているんですけどね、基本的にはあれは金融政策一本打法なんですよね、であの財政の方がもう14年度19年二回(消費税)増税して且つ基礎的財政収支の黒字化を急ぐという緊縮財政なんですよ。

で量的質的緩和というのは始めたのが2013年の4月なんで、翌年にもう増税すれば、

あの日本経済言ってみれば手術して入院中なんですよ、13年14年というのは、

それでもう増税するとね『もう退院しなさい』と、で『筋トレしなさい』って言っているようなもんでね、2%の物価上昇率にするのは無理なんで、そんなことしたらまあ。

そこがやっぱり2%にできない理由なんで、他の人はその消費税だとか緊縮財政のその物価下押し圧力の全く言わないで、むしろそんなことは起こらないって消費増税で賛成した方がね2%にインフレ達成できないって言っているのは元々おかしな話だというふうに思っています」

 

植田総裁候補の説明では、明確に「財政出動が不足しているからだ」とは説明していませんが、岩田規久男氏の説明と重ねてみると、植田総裁候補もこの辺の事情は分かっているのではないでしょうか。

 

アベノミクス三本の矢とは、第1の矢は金融緩和、第2の矢は財政出動、第3の矢は成長戦略です。

増税は緊縮財政です。財政出動の逆の政策です。

 

共同声明の変更について

維新の「『無理をせずに2%達成を、より中長期的な目標に』というような発言もございますが、具体的にこの目標の修正等について考えがあるのか、おしえてください」という質問に対して以下のように断言しています。

 

「この点はあの先ほど来ちらっと申し上げておりますけれども、現在、現体制の緩和の下で基調的なインフレ率についても、少し良い動きが出て来始めております。

ですので、私は総裁に選ばれましたならば、この芽を大事にして育てていく、ということに当面は力を削ぎたいと思います。

そういう中では『2%の目標を早期に達成する』という表現が目標共同声明の中に含まれていると言うことを直ちに変える必要はない、というふうに考えてございます」

 

アコード(共同声明)の変更が行なわれる事は無いでしょう。

 

経済指標について

維新の質問。

「現在のこのインフレ率、まあ先ほどありましたが本日も総務省が先ほど発表した消費者物価指数では1月4.3%と、いうことでまあこれをどうみているのかまたあの物価の安定とはですね、どういう定義なのかその判断基準にはまあ例えば消費者物価上昇率CPIを使用する事が通例ですが、CPIにも生成食品を除いた指数である「コアCPI」や さらにエネルギーを除いた指数である「コアコアCPI」いくつかの種類があります。

この日銀の金融政策においては、このどのCPIを重視しまあどのような状態を持っていると安定と考えるのか、植田先生のご意見をお願いします」

 

植田総裁候補の回答。

「<前略>…. 残念ながら『この指標を見ればぴったり基調的な動きが判断できる』というような理想的な指標はない。よくいろんな人がいろんな物価指数を見る中で一時的な要因を含んでいるものを次々に覗いてということをしているわけですが、玉ねぎの皮をむいているようなものでシーンがどこにあるかわからなくなってしまう、という指摘がなされたりいたします。

わたくしどもといたしましては、あのさまざまな指標を丁寧に見ていくことによって、基調、まあ賃金も含めましてですね、基調を判断して行くということにならざるを得ないかな、というふうに思っております」

 

ここで、欧米型コアCPI、GDPデフレーター、GDPギャップ、などが出てくると良かったと思いますが、実際に一つの指標だけでは判断できないのは事実で、ここは維新の議員の方から「GDPデフレーターやGDPギャップなども、その『さまざまな指標』に含まれますか。また『基調的な物価上昇率』についても合わせてご説明をお願いします」と言った質問を返して欲しかった気がします。

日本銀行は政府の子会社か

国民民主の議員の「日本銀行は政府の子会社か」という質問に対しする回答です。

 

「<前略>…. 確かに政府が日本銀行の株と言いますか、出資権の過半を保有してございます。

しかし議決権がない出資権でございます。

その上で中央銀行日本銀行の政策業務の運営については、日本銀行法によって自主性が確保されております。

そういう意味であの子会社ではないというふうに考えてございます」

 

「日銀が政府の資産かどうか」と「日銀が会社法的に政府の指揮下にあるか」の問題は別の問題です。

安倍元総理の「日本銀行は政府の子会社みたいなもの」という発言は、「日銀は政府の資産なので、日銀の保有する政府債務は債務としては無意味だ」という意味の説明です。

 

一方、植田候補の説明は、前半で日銀が政府の資産であることは、説明しつつ、後半で株式会社日本銀行の法的意志決定権について説明しています。

安倍元総理の説明を否定したことにはならず、純粋な法的に正しい説明をしているとしか言えません。

 

この説明は新聞などで「日銀は政府の子会社では無いと植田総裁候補が断言した」と報道されますが、実際の説明はこのようなものです。

新聞報道は明らかに作為的な切り取り報道でしょう。

YCCの修正はするのか

国民民主議員の質問。

「<前略>… YCCというのは、あのまあ言ってみればあの正常化に微修正すると、その緩和効果が大きく低下します、という問題がある。と言うことをおっしゃってるわけでありますが、でその戦略を立てておく必要がある、っていうことなんですが、その戦略を総裁なったらどう進めるか、その戦略を示していただきたいと思います」

 

回答。

「YCCも含めまして日本銀行が現在採用しています様々な金融緩和政策。これはあの本当に出口に向かうとなれば、それぞれ正常化して行かないといけないわけですが、その、それぞれの正常化の進め方、タイミング、どれを先にやるのか、こういうようなことは今後の経済情勢の展開次第によって、さまざまに変わりうるというふうに考えてございます。

もちろんあの私自身もそれから現在いらっしゃるほかの政策委員のメンバーの方々も、こうしたあの将来に関するシミュレーションを頭の中で何十回となく繰り返されていると思います。それを突き合わせていく作業も重要ですし、それにも増して重要なのは、経済変化して行く中でそのシミュレーション毎回変化させていくということかな、と思います。

そういう作業を、総裁に就任させていただいた後は、きめ細かくやっていきたい、ふうに思っております」

 

他の回答も含めて、植田総裁候補には現在の金融緩和路線を変更する意志はなく、必然性も感じていないことが窺えます。

YCCについても変更する意志はなさそうです。

日銀の他の審議委員と相談して決める事を明言しています。

YCC修正の可能性はほぼ無いでしょう。

 

感想

植田総裁候補の説明を聞く限り、当初リフレ派界隈で心配されていた、YCCの修正・アコードの変更・インフレ目標の変更などの可能性は無いと言えます。

 

はっきりと黒田日銀の金融緩和とYCC路線を肯定しており、今後も継続すると明言しています。

また、インフレ目標も2%を堅持すると説明しています。

 

植田日銀に変わったからといって、金融政策が変わることは無いでしょう。

 

私は、取りあえず金融政策に関しては「一安心」しました。

 

新聞報道について

特に新聞の名前は挙げませんが、今回の日銀総裁人事について、「アコードが変更される」「金融政策が正常化(引き締めへ変更)される」「金利が上がる」と繰り返し報道していた新聞社は、明らかに虚偽の報道をしていたことになりますので、猛省していただきたいと思います。

 

しかし、どうせ反省する事もなく、また虚偽報道を繰り返すことでしょう。

 

私は、新聞報道には全く期待しておりません。

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