以前、「財務省の問題を整理」という記事で、法的な財務省と内閣府の役割について説明しましたが、もともと財務省陰謀論などを信じている人達には、多少受け入れにくいかもしれないので、もう少し形を変えて解説記事を書きたいと思います。
この件は、現在の石破内閣のやり方について、評論するにも必要な基礎知識なので、独立した記事に纏める必要があると思った次第です。
公務員の法令遵守義務
まず、官僚と法律についての解説です。
日本の法律では、公務員の法令遵守義務について、主に以下の法律で定められています。
まず、国家公務員法第98条第1項で「すべて職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」と定められています。さらに、同法第98条の2では「職員は、法令に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と明確に規定されています。
地方公務員については、地方公務員法第32条で「職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と定められています。
また、憲法第99条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と規定されており、これは公務員の憲法遵守義務を定めた最も基本的な規定といえます。
これらの規定に違反した場合は、懲戒処分の対象となる可能性があります。
政治家の進める政策が法令違反になる場合
政治家の無知などにより、その政治家の進める政策が法令違反になる場合、官僚や公務員は政治家よりも法律に従う義務があります。
この状況における公務員の法的な対応について整理してみましょう。
- 助言義務
国家公務員法第96条により、公務員は「その職務を遂行するについて、法令に従い、かつ、上司に対して、忠実に意見を具申する」義務があります。つまり、政策が法律に違反する可能性がある場合、まずは政治家に対して法的な問題点を明確に説明し、助言する必要があります。 - 違法な命令への対応
違法な命令に従う義務はありません。むしろ、国家公務員法第98条の2および地方公務員法第32条は「法令に従い」という条件を付けています。このため、明らかに法律に違反する政策の実施を命じられた場合、公務員はその実施を拒否する法的根拠があります。 - 具体的な対応手順
- まず、政策の違法性について文書で詳細な説明を行います
- 代替案がある場合は、合法的な方法での政策実現手段を提案します
- 上司を通じて組織的に対応します
- 必要に応じて法制局など関連部署との協議を行います
- 内部通報
公益通報者保護法により、違法行為を知った場合は、一定の要件のもと内部通報を行うことができます。ただし、これは最終手段として考えるべきでしょう。
重要なのは、単に「ノー」と言うのではなく、政策目的を理解した上で、合法的な代替案を示すことです。これにより、法令遵守と政策実現の両立を図ることができます。
経済政策における省庁の法的役割
日本経済全体についての責任を担う省庁は「内閣府」となります。 内閣府の経済政策における役割は「内閣府設置法」に記載されています。
内閣府設置法(e-Gov法令検索)
第三条 内閣府は、内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けることを任務とする。
2 前項に定めるもののほか、内閣府は、皇室、栄典及び公式制度に関する事務その他の国として行うべき事務の適切な遂行、男女共同参画社会の形成の促進、市民活動の促進、沖縄の振興及び開発、北方領土問題の解決の促進、災害からの国民の保護、事業者間の公正かつ自由な競争の促進、国の治安の確保、個人情報の適正な取扱いの確保、カジノ施設の設置及び運営に関する秩序の維持及び安全の確保、金融の適切な機能の確保、消費者が安心して安全で豊かな消費生活を営むことができる社会の実現に向けた施策の推進、こども(こども家庭庁設置法(令和四年法律第七十五号)第三条第一項に規定するこどもをいう。次条第一項第二十九号において同じ。)が自立した個人としてひとしく健やかに成長することのできる社会の実現に向けた施策の推進、政府の施策の実施を支援するための基盤の整備並びに経済その他の広範な分野に関係する施策に関する政府全体の見地からの関係行政機関の連携の確保を図るとともに、内閣総理大臣が政府全体の見地から管理することがふさわしい行政事務の円滑な遂行を図ることを任務とする。
3 内閣府は、第一項の任務を遂行するに当たり、内閣官房を助けるものとする。
第四条 内閣府は、前条第一項の任務を達成するため、行政各部の施策の統一を図るために必要となる次に掲げる事項の企画及び立案並びに総合調整に関する事務(内閣官房が行う内閣法(昭和二十二年法律第五号)第十二条第二項第二号に掲げる事務を除く。)をつかさどる。
一 短期及び中長期の経済の運営に関する事項
二 財政運営の基本及び予算編成の基本方針の企画及び立案のために必要となる事項
三 経済に関する重要な政策(経済全般の見地から行う財政に関する重要な政策を含む。)に関する事項(次号から第十一号までに掲げるものを除く。)<中略>
三十四 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(令和四年法律第四十三号)に基づく経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進のための基本的な政策に関する事項
三十五 重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(令和六年法律第二十七号)に基づく重要経済安保情報の保護及び活用のための基本的な政策に関する事項
第三条に「政府の施策の実施を支援するための基盤の整備並びに経済その他の広範な分野に関係する施策に関する政府全体の見地からの関係行政機関の連携の確保を図るとともに、内閣総理大臣が政府全体の見地から管理することがふさわしい行政事務の円滑な遂行を図ることを任務とする」とあります。
また、第四条に「行政各部の施策の統一を図るために必要となる次に掲げる事項の企画及び立案並びに総合調整に関する事務をつかさどる」とあり、一項から三項に、
一 短期及び中長期の経済の運営に関する事項
二 財政運営の基本及び予算編成の基本方針の企画及び立案のために必要となる事項
三 経済に関する重要な政策(経済全般の見地から行う財政に関する重要な政策を含む。)に関する事項
と書かれています。 日本経済全体についての責任を担うのは内閣と内閣府であることが、条文を読むと理解できます。
財務省設置法(e-Gov法令検索)
次に話題の財務省の役割を定めた「財務省設置法」を見てみましょう。
第三条 財務省は、健全な財政の確保、適正かつ公平な課税の実現、税関業務の適正な運営、国庫の適正な管理、通貨に対する信頼の維持及び外国為替の安定の確保を図ることを任務とする。
2 前項に定めるもののほか、財務省は、同項の任務に関連する特定の内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けることを任務とする。
3 財務省は、前項の任務を遂行するに当たり、内閣官房を助けるものとする。
財務省設置法を見ると、なぜ財務省が「財政健全化」や「国債や通貨の信認」という概念に異常に拘るのかが分かります。
法律に書いてあるからです。
「国債の信認」や「国債償還費」のついては、外国に借金してまで行われた日露戦争まで遡って考える必要があります。
日露戦争では、英国やロスチャイルドなどから戦費を調達していたため、当時の日本は債務国で、対外的な国債の信認が重要でした。
だから歴史的に「国債の信認」を重要視する慣習のようなものが形成されたものと思われます。
先の第二次大戦でも多額の戦時国債が発行され高インフレになっていたので、国債償還はインフレ抑制の為に必要な措置でした。
しかし、現在の日本は対外純資産470兆円を超える債権国で、発行されている国債もほとんど自国民に保有され、どう考えても「国債の信認」が失われるような状況にはありません。
法律が「現在の日本の状況」に合っていない側面はあるでしょう。
ただ、法律が正しいかどうかは別にして、財務省が忠実に法律に従って職務を遂行していることは、財務省設置法の条文を読むと理解できると思います。
財務省設置法には経済全体についての責任と義務が書かれていない
財務省設置法の条文を全部読んで見ると分かるのですが、財務省には「日本経済全体に責任を持つ」という役割が明記されていません。
非常に極端に言えば、「日本経済全体がどうなろうと、健全な財政の確保の方が重要」という役割を与えられているのが、財務省という省庁です。
経済産業省設置法(e-Gov法令検索)
この記事のテーマとは直接関係無いのですが、念のため経済産業省設置法の「任務」についても経済して起きます。
第三条 経済産業省は、民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする。
2 前項に定めるもののほか、経済産業省は、同項の任務に関連する特定の内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けることを任務とする。
3 経済産業省は、前項の任務を遂行するに当たり、内閣官房を助けるものとする。
第四条 経済産業省は、前条第一項の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
一 経済構造改革の推進に関すること。
二 民間の経済活力の向上を図る観点から必要な経済財政諮問会議において行われる経済全般の運営の基本方針の審議に係る企画及び立案への参画に関し、所掌に係る政策の企画を行うこと。
三 産業構造の改善に関すること。
四 企業間関係その他の産業組織の改善に関すること。
五 市場における経済取引に係る準則の整備に関すること。
六 工業所有権及びこれに類するものの保護及び利用に関すること。
七 民間における技術の開発に係る環境の整備に関すること。
八 第三号から前号までに掲げるもののほか、業種に普遍的な産業政策に関すること。<以下省略>
経済産業省設置法を読むと、 マクロ経済の総需要と総供給について考えれば、 経済産業省の主な役割は「供給能力の確保」であることが分かります。
デフレ経済は「需要不足」なので、デフレ脱却を目指す経済政策では、本来は経済産業省にできる事は少ないはずです。
法律で定められた「役割の衝突」
デフレ対策と国債発行
日本経済の「失われた30年」の長期不況はデフレ経済によるものです。
アベノミクスによる需要拡大政策により、そろそろデフレ脱却の時が近づいています。
アベノミクスに代表されるデフレ対策では、
中央銀行による金融緩和(通貨の追加発行)と財政出動(国債財源)が必要になります。
中央銀行(日銀)は政府の所有物です。
デフレ期の金融緩和は、政府の発行する国債を、中央銀行が買い取ることにより、通貨の追加発行を実施しますので、国債発行が統合政府レベルで「純債務」になりません。
よって、金融緩和の速度を下回る新規国債発行は、政府の純債務を管理する視点から見ると、問題の無い操作である事が分かると思います。
しかし、法律上はそのようになっていません。財政法を見てみましょう。
財政法(e-Gov法令検索)
第四条 国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。
但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。
② 前項但書の規定により公債を発行し又は借入金をなす場合においては、その償還の計画を国会に提出しなければならない。
③ 第一項に規定する公共事業費の範囲については、毎会計年度、国会の議決を経なければならない。第五条 すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。
但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。第六条 各会計年度において歳入歳出の決算上剰余を生じた場合においては、当該剰余金のうち、二分の一を下らない金額は、他の法律によるものの外、これを剰余金を生じた年度の翌翌年度までに、公債又は借入金の償還財源に充てなければならない。
② 前項の剰余金の計算については、政令でこれを定める。
第十一条 国の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終るものとする。
第十二条 各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない。
第十三条 国の会計を分つて一般会計及び特別会計とする。
② 国が特定の事業を行う場合、特定の資金を保有してその運用を行う場合その他特定の歳入を以て特定の歳出に充て一般の歳入歳出と区分して経理する必要がある場合に限り、法律を以て、特別会計を設置するものとする。
財政法の条文を読むと、デフレ対策としての国債発行が、財政法的に不適切な操作であることが、分かると思います。
アベノミクスでは、政府は国会議決の裏付けの元に、民間市場に対して国債(特例公債)を発行して、日銀は民間市場から国債を購入することで、財政法の制約を乗り越えています。
経済学的に正しい経済政策としては、アベノミクスは適切な政策なのですが、財政法では適切なデフレ対策が想定されていない事が分かります。
そして、財務省はこの財政法に基づいて、健全な財政の確保、国庫の適正な管理を実施しています。
デフレ脱却(対策)の視点で見ると、法律に問題があることが分かると思います。
内閣と財務省の「役割の衝突」
デフレ脱却(対策)の視点で、内閣府設置法と財務省設置法を比較してみると、内閣(と内閣府)と財務省は、国債発行と財政出動を巡る役割が、矛盾・衝突していることに気がつくと思います。
内閣府は内閣府設置法に基づき、「短期及び中長期の経済の運営」と「経済に関する重要な政策」をつかさどる事を任務とするのに対し、
財務省は財務省設置法に基づき、「健全な財政の確保」、「国庫の適正な管理」に責任を持つ必要があります。
健全な財政の判断基準は財政法に書かれています。
つまり、デフレ対策としての、政府による国債発行は、
財政法の「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」に背いてしますし、
日銀による国債購入による金融緩和は、「借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない」に背いています。
経済学的に正しいアベノミクスも、財政法的には不適切になってしまいます。
この内閣府と財務省の法的な役割の矛盾・衝突は、「内閣のリーダーシップ」で調整する必要があります。
前 岸田総理は「経済あっての財政」という言葉で、「内閣府の経済政策の都合が、財務省の財政健全化の都合に勝る」ことを示し、補正予算など大規模財政出動を推進しました。
この財政出動(防衛費増額の為の増税の是非)で、内閣及び安部派など積極財政派政治家と、財務省(とその傀儡)が衝突していたのは、記憶に新しいところです。
安倍政権、菅政権、岸田政権では、経済政策を財政均衡より優先するリーダーシップが継続的に確保され、11年間にわたって、デフレ脱却の為の国債発行と金融緩和が実施されてきました。
その成果もようやく実りつつあります。
以上の説明のように、財務省は経済に責任を持つ立場に無く、責任を持たない以上は経済政策を司る権限の無い省庁です。
経済に責任を持つのは、内閣と内閣府であり、与党も内閣を裏付ける立場なので、同様に経済に責任があります。
デフレ対策のように、経済政策の為に、一時的に財政健全化を崩す必要がある場合には、内閣(内閣府)と財務省は国債発行・財政出動を巡って衝突する事が、法律で義務づけられています。
法的には、安倍政権(内閣)のように適切なデフレ対策を実施すると、財務省が反対するのは、内閣と財務省のどちらも正しいことになります。
内閣(内閣府)と財務省には「役割の衝突」が義務づけられているのです。
私は、この「内閣と財務省の役割の衝突」が義務づけられている事に問題があると思っています。
財務省が健全な財政の確保、国庫の適正な管理を任務とするのは、理解できますが、デフレ対策としての国債発行の操作ぐらいは、財政法と財務省設置法に記載しておくべきでしょう。
今からでは間に合いませんが、財政法と財務省設置法にデフレ対策についての条文を書き加える必要があると思っています。将来の為に。
財務省はなぜ緊縮財政を目指すのか
以上の説明で、財務省が様々な嘘をついてまで、財政健全化・増税・緊縮財政に拘るのか、説明できていると思います。
簡単に言えば、
「財務省は経済に責任を持つ事を義務づけられていない」
「財務省は健全な財政の確保と国庫の適正な管理に責任を持つ事が義務づけられている」 からと言えます。
デフレ対策としては、財務省が経済より財政を優先してしまうことにより、「国民経済の敵」になってしまう、法的な問題がある為です。
財務省の緊縮財政政策に問題があるのは、分かりますが、政府の経済政策が緊縮財政に向いてしまうとすれば、それは財務省の責任ではなく、経済政策に責任を持たない内閣と内閣府の責任ということになります。
言い換えると、「内閣(と内閣府)の経済政策のリーダーシップが不足している」とも言えます。
デフレ時の予算や国債発行といったマクロ経済政策では、内閣府と財務省は「予算の綱引き」をする事が互いに義務づけられているので、互いに衝突するのが正しいのです。
間違っても、内閣や与党が経済政策を財務省に丸投げにしてはならないのです。
財務省に逆らって、予算を取ってくるのが、内閣(内閣府)と与党の役割です。
石破内閣の問題点
最後に蛇足になるかも知れませんが、石破内閣について評論したいと思います。
内閣と財務省の「役割の衝突」を踏まえて、今の石破内閣と与党の政策を見てみると、補正予算13.9兆円を確保したことは正しいと思います。
しかし、税制を巡る国民民主党との議論を見ていると、事実上の財務省の傀儡に等しい自民党税調が経済政策の決定権を握って、国民民主党と交渉しています。
与党と国民民主党の議論はマクロ経済政策であり、「経済あっての財政」の視点で見れば、マクロ経済政策の議論の場に、財政にしか責任を持たない財務省の傀儡のような税調が任に当って交渉している状況は、「経済政策を財務省に丸投げにする行為」に等しいと思います。
私には、石破内閣と与党が「経済政策を放棄している」ようにも見えます。
本来なら、国民民主との税制交渉は経済に責任を持つ立場の人間が行うべきであり、税調との税制を巡る交渉は、「与党の中」で行うべきでしょう。
国民民主党はあくまで「野党」の立場で経済政策の交渉をしているのだから、財政政策の責任については与党の中で議論すべきです。
私には、与党が国民民主に経済政策を丸投げにしているようにも見えます。
石破内閣が経済政策に責任もリーダーシップも持たず、税調と国民民主に仕事を丸投げにして、とても「投げやり」な態度に見えます。
これは完全に与党の責任なので、与党議員は経済政策の視点から見て、よく考え直して欲しいと思います。
繰り返しになりますが、内閣や与党が経済政策を財務省に丸投げにしてはならないのです。
財務省に逆らって、予算を取ってくるのが、内閣(内閣府)と与党の役割です。
与党と内閣は、この点を肝に銘じて欲しいと思います。