「甲南医療センター」過労自殺事件
8月17日に読売新聞から長時間労働による若手医師の過労自殺の報道がありました。
過労自殺した若手医師、「限界です」両親へ遺書…病院側は長時間労働の指示否定
「甲南医療センター」の専攻医だった高島 晨伍しんご さん(当時26歳)は、月207時間に上る時間外労働をしており、センターの労使協定の上限も超えていたといいます。
センター側は、「この超過労働時間は自己研鑽だ」と主張しており、センター側に責任は無いとしています。
この事件は、まだ真相は明らかになっていませんが、十中八九で病院(センター)側の労働法違反と安全管理義務違反でしょう。
非常に典型的なブラック企業の過労死・過労自殺事件だと思います。
詳しい事は言えませんが、私も昔、同様の月200時間を超える時間外労働で心身を壊して病理退職した事があります。
その時も、会社側は管理責任を認めませんでした。
そんな経験がありますので、この病院のような堕落した管理層の有害さには敏感になってしまいます。
経験上、この手の長時間労働は人手不足による必然では無く、経営管理層の怠慢から生じるものです。
管理層にやる気があれば、仕事を減らすなり、負荷分散するなり、雑務を外注するなり、リスケするなり、業務の負荷を減らす方法はあるはずです。
どうしても医師の人員が不足して、医療業務が受けられないのなら、患者を他の病院に回すこともできるでしょう。
法律で患者を断る事が規制されているのは、分かりますが、人員不足なら例外のはずです。
無い袖は振れません。
こういう超過労働の場合は、管理層がそれらの管理業務を遂行していませんから、極端な超過労働になるのです。
だいたい「自己研鑽」とはなんですか。どう見てもサービス残業ではないですか。
十中八九で違法超過労働でしょう。
自己責任論とは
主に団塊世代やバブル世代や氷河期世代の「勝ち組」中心に、社会的弱者や病気・怪我などで運悪く不遇な境遇に置かれている人々に対する批判の声が多いです。
その典型的な台詞が「自己責任だろ」というものです。
これらを自己責任論と呼びます。
これに対し、氷河期世代の「負け組」や、過去に苦労した人々中心に、自己責任論に対する批判の声が多いです。
元々の自己責任論は、先の病院のように、サービス残業などを強要するブラック企業の経営層や管理層などから、超過労働で心身を壊し、失業を余儀なくされた人々への責任転嫁として「病気になったのも失業したのも、お前の自己責任だろ」という、己の経営責任や管理責任を放棄して、被害者に責任転嫁する論法で、始まった論理です。
率直に言って、自己責任論はかなり無責任な主張として始まった論理です。
つまり、自己責任ではないものを自己責任にしているわけです。
自己責任論への批判は、この無責任な主張に対する批判として始まった物です。
もう一つ、忘れてはならないのが、「失われた30年」のマクロ経済政策の失敗の影響です。
1991年のバブル崩壊から長い間、日本政府と日銀は、マクロ経済政策に失敗を続けており、アベノミクスが始まってようやく正常なマクロ経済政策に戻ったという、経緯があります。
この「失われた30年」は、ほぼ経済がデフレ経済であり、労働者は就職するのも大変な状況になり、必然的に正社員や結婚など標準的人生設計から外れざる得なかった人々が多いです。
マクロ経済政策は、政府の失敗ですので、ここに個人責任を求めるのは無理があります。
自己責任論へのもう一つの批判は、このマクロ経済政策失敗の影響は自己責任ではないというものです。
整理しますと、本来経営と管理層の責任である問題を、自己責任に押しつける主張が、第1の自己責任論。
本来、政府と日銀の責任である問題を、自己責任に押しつける主張が、第2の自己責任論です。
誤解される自己責任論への批判
この自己責任論に関する議論に、あまり細かい事情を把握していない人々中心に、かなり見当違いな議論が膨らんでいます。
この問題は、イデオロギーは関係無く、むしろ経済の影響の大きい問題ですが、政治的な右派と左派はこれをイデオロギー問題と誤解しているところがあり、「国家主義と個人主義の対立」の文脈で議論しているように見えます。
先の説明を聞けば、自己責任論を巡る議論は、主に経済と経営・管理の議論であり、政治的イデオロギーとは、全く別次元の議論である事がわかると思います。
少し分かりにくいのですが、「自己責任論批判に対する批判」の中に、「自己責任を批判するなんて無責任だ」という意味の批判が少なくないです。
自己責任論批判は、経営者や政治家など、責任者が責任を取らない事に対する批判なのですが、なぜか「自己責任を批判するなんて無責任だ」と主張する人達は、自己責任論批判が自己責任を批判していると誤解しています。
おそらく元の議論の文脈を理解していないまま、自己責任論批判を誤読して見当違いな批判をしているのでしょう。
繰り返しになりますが、自己責任論批判は、自己責任という概念を批判しているのではなく、経営者や政治家など責任者が職務の責任を取らずに、その責任を労働者や従業員や国民個人に押しつけている点を批判しているのです。
「自己責任を批判するなんて無責任だ」という批判自体が、存在しない意見への批判になっていますので、全くの無意味です。
自己責任論批判は「責任者が正しく責任を取れ」という趣旨の批判です。
こんなところに国家主義や個人主義を持ち込まれても、議論が混乱するだけですので、やめて頂きたいと思います。
病院経営側の自己研鑽という自己責任論
報道を見る限り「甲南医療センター」の月200時間を超える時間外労働への釈明は「時間外労働は自己研鑽であり労働ではない」という説明のようです。
これは経営サイドの管理責任の放棄であり、正に典型的な自己責任論です。
今回、この事件を取り上げたのは、この過労自殺事件が非常に典型的かつ象徴的な「自己責任論」だからです。
代表的な自己責任論を示すものとして、「甲南医療センター過労自殺事件」は、繰り返し語って行きたいと思います。