8月2日に日銀の内田眞一副総裁によるYCC柔軟化と金融経済情勢に関する説明が、日銀サイトで掲載されました。
以下のリンクがそれになります。
最近の金融経済情勢と金融政策運営(千葉県金融経済懇談会における挨拶)
7月28日のYCC柔軟化発表に関する記事は先日書きました。
詳細は、直接本文を読んで頂くとして、私が気になった部分について、引用させて頂きます。
—引用begin—-
はじめに、経済情勢です。わが国経済は、緩やかに回復しています。感染症下で抑制されてきた需要、いわゆるペントアップ需要が顕在化する中で、家計部門・企業部門のいずれにおきましても、経済活動は順調に改善してい
ます。先行きも、当面はペントアップ需要に支えられる形で、またその後は、賃金の上昇や企業収益の増加を牽引役として、緩やかな回復を続けると予想しています。
<中略>
個人消費は、新型コロナの感染症法上の位置付けの変更もあってペントアップ需要が顕在化しており、宿泊・飲食などサービス消費を中心に、緩やかなペースで着実に増加しています(図表2)。インバウンド需要の回復も、これら対面型サービス業の追い風になっています。
個人消費が増加を続けている背景には、こうしたペントアップ需要に加えて、家計所得が改善していく、という期待の高まりもあります。今年の春季労使交渉では、ベースアップを含め、30 年振りの高い賃上げ率となりました(図表3)。年初くらいまでは、「大企業は賃上げできるとしても、地域の中小企業は厳しい」という声が多かったと思いますが、結果としては、「賃上げをしないと人材を採れない、あるいは流出する」として、企業規模によらず、賃上げが実現しました。背景には、言うまでもなく、厳しい人手不足があります。この 10 年、「雇用者所得」は、前年比2~3%程度の伸びを続けてきました。
<中略>
元々の見通しでは、「コストプッシュによる「財」中心の物価上昇がいったん終息した後に、企業の賃金・価格設定行動が徐々に変化していき、賃金上昇とともに「サービス価格」が上昇する形で、再び物価が上昇していく」という姿を想定していました。
足もとの物価の上振れは、前者のコストプッシュの影響が予想より長引いているということなのか、それとも、後者の賃金・価格設定行動の変化が思っていたより早めに表れたということなのか、という問題は、非常に大事な、しかし判断が難しい問題です。
先ほど申し上げた通り、今のところ、物価上振れの主因は「財」です。また、「サービス価格」のうちで上昇が目立つのも、外食や住宅リフォームのように輸入原材料を利用しているものです(図表9)。これらは、前者の仮説、すなわち、これまでの輸入物価上昇の規模や範囲が大きかったことから、価格転嫁が過去の経験則よりも長く、大きくなっている、という見方に適合します。一方で、予想を上回った春季労使交渉の結果やアルバイト時給の上昇などを受けて、企業が将来の賃上げの可能性も踏まえた価格設定を考えはじめたというのも、十分にありうる企業戦略のように思えます。また、ひと口に「財」と言っても、物流過程や小売りの現場など、消費者の手に渡るまでには人手を要するため、賃金上昇の影響を受ける部分があります。これらの点は、予想よりも早く企業行動が変わってきたという仮説を支えるものと言えます。
当然のことながら、どちらかの仮説が 100%正しいということはなく、答えはその中間にあるのでしょうが、現時点では、企業の賃金・価格設定行動に「変化の兆し」が出てきている、というのが私の判断です。
—引用end—-
これまでのインフレの経緯
欧米では、日本より早期にロックダウンなどの感染対策の解除が行われました。
解除の後、それまで抑圧されていた人々の消費欲が開放され、極端なペントアップ需要として拡大し、高インフレを生じました。
インフレ率は一時は10%近くに上がりました。
英国やEUと米国では、それぞれの中央銀行が金融引き締めを実施し、最近ようやく3%~4%程度に落ち着いてきたようです。
欧米が高インフレに悩まされている間も、日本は低インフレに悩む状態が続きました。
日本では感染対策を解除してもペントアップ需要は生じませんでした。
ウクライナ戦争の勃発後、ロシアから輸入していた化石燃料を西側の貿易制裁で輸入できなくなったことにより、化石燃料を中心に資源価格が高騰し、西側全般にコストプッシュインフレとなりました。
コストプッシュインフレとは、海外からの輸入品の価格高騰によるインフレの事で、国内ではその物価をコントロールする事ができません。
日本では十年に亘ってアベノミクスによる物価上昇政策を実施しており、少しずつ需要拡大を積み重ねてきました。
少し前まで、日本の物価上昇は、アベノミクスによる基底の物価上昇と、ウクライナ戦争要因によるコストプッシュインフレの、二つのインフレが重なったものでした。
今のインフレの中身
先の内田副総裁の説明によると、今はこれに加えてペントアップ需要が、重なっているようです。
ペントアップ需要には円安によるものか、入国制限解除の影響か分かりませんが、インバウンドが含まれています。
整理しますと、コストプッシュとペントアップ需要とアベノミクス効果の三つのインフレが重なっているようです。
コストプッシュは国内で制御できませんから、燃料費や電気代への政府補助と、原発再稼働ぐらいしか対策が取れません。
少なくとも中央銀行にはコストプッシュの対策は取れないですし、実際にこれまで日銀はコストプッシュ対策は、何もやっていません。
しかし、海外資源価格高騰は既に落ち着いてきており、原油価格もピーク時よりかなり下がりました。コストプッシュ要因のインフレは低下してしいると思われます。
しかし、日本のインフレは現在も3%超え、コアコアなら4%を超えている状況です。
理由としては、コストプッシュ要因による価格転嫁が遅れて現れていることと、アベノミクスによる人手不足がここに来て顕在化していること、そしてペントアップ需要による消費拡大の三つが考えられます。
これからどうすべきか
アベノミクスによる物価上昇と、ペントアップ需要による物価上昇ならば、これはどちらも国内需要ですので、中央銀行はその物価上昇に責任を持つ必要があります。
つまり、何らかの緩和政策の減速が必要になります。
しかし、ペントアップ需要は、一時的に生じている短期的な需要増加であり、もしアベノミクスによる物価上昇の割合が少ないのなら、長期的な金融緩和路線は継続しなければなりません。
また、コストプッシュの影響が遅れてきているのならば、やはりそれは短期的なものであり、近い内に終息することが予想されます。
金融緩和路線を今のまま継続しますと、ペントアップ需要が大きくなったとき、急激な円安とインフレ率の高騰が起きます。
かといって金融緩和を解除しますと、ペントアップ需要が終息したとき、再びデフレに戻ってしまいます。
日本経済のリスクとしては高インフレよりデフレに戻るリスクの方が大きいでしょう。
日銀としては、あちらを立てればこちらが立たず、の難しい局面を迎えているのが、理解できます。
今回の日銀のYCC柔軟化は、短期的なペントアップ需要拡大によるインフレ率の高騰と、急激な円安進行による金融市場の不安定化を防ぐ、苦肉の策なのではないかと思います。
ペントアップ需要拡大時に金利を一時的に1.0%まで引き上げ、為替の急変を防ぎます。
ペントアップ終息後にインフレ率が下落しますと、金利を再び引き下げて、これまで通りインフレ目標を目指すのでしょう。
私が思うに、もしYCC柔軟化を採用しなければ、実質金利の下落の影響で、急激に円安が進み、また財務省が為替介入を行うということを、何度も繰り返すことになると思います。
「為替が150円になったと思ったら、為替介入でまた130円に戻った」ということを、何度も繰り返す事になったら、日本の金融機関も企業も相当面倒なことになるのではないでしょうか。
急激な為替変動は経済に悪影響をもたらすとは、昔からよく言われていることです。
誤解の無いように言っておきますが、円安を否定しているわけではないです。
「円安と円高を短期間に繰り返すと困るでしょう」と言っています。
もし、YCC柔軟化を採用することなく、為替の急変動を日銀が放置したら、世論の日銀叩きは相当激しいものになったと思います。
その政治的圧力で、支持率低迷に悩む岸田政権は、日銀にYCCの撤回を要求したかもしれません。
YCC柔軟化を導入した理由を植田総裁は「為替を含む金融市場の安定とYCCの持続性を維持するため」という意味の言葉で説明しています。
私には充分に説得力のある説明に聞こえます。
ペントアップ需要の事を忘れていた
政府が感染対策の解除をしてからも需要拡大が起きなかったので、私は正直なところペントアップ需要の事を忘れていました。
経済評論を行っている多くのメディアの人々も、ペントアップ需要の事を忘れていたのではないでしょうか。
日銀の植田総裁と内田副総裁の説明でペントアップ需要が顕在化していると聞かされてから、今の日本経済に対する認識が変わりました。
今後は、一時的短期的なインフレにどう対処するかを無視することはできません。
しかし、2024年にはまたインフレ率が下がりますので、金融緩和や財政出動を解除することはできません。
金融政策も財政政策も非常に面倒くさい状況を迎えていると思います。