マイナトラブルから見えてくるITシステムへの国民の誤解

時事

菅政権から始まる行政のデジタル化と、それに伴うマイナンバーカードへの公金受取口座と健康保険証や年金番号などの登録が、新設されたデジタル庁によって進められています。

今年の5月12日から、このマイナンバーカードへの銀行口座や保険証の登録ミスがいくつも確認され、デジタル庁の不祥事としてマスメディアに報道され続けています。

代表的な報道としてNHKの報道へのリンクを張ります。

なぜ13万件も?トラブル相次ぐマイナンバー 原因は?

この件に関して、私は報道内容に不適切な側面が大きいと考えていますので、ここで私の見解を述べたいと思います。

マイナトラブルの規模はどのぐらいか

「本人では無い口座が13万人も登録されていました」と報道されますと、とてもたくさんの誤登録をしているように聞こえます。

しかし、総務省によれば6月上旬の時点でマイナンバーカードの申請件数は9700万人に達しています。

国民の77%です。

総務省-マイナンバーカードの申請状況

家族名義で別人の口座登録は13万件です。

他人の口座登録が748件、

他人の健康保険証を登録していたのが7300件です。

全体の9700万人の内、

13万人の誤登録の割合は、0.134% です。(1340 PPM)

748件なら、0.00077% です。(7.7 PPM)

7300件なら、0.0075% です。(75 PPM)

括弧内のPPMという単位は100万件あたりの件数を表す単位です。

1 PPMは、100万件に一つ存在するという意味です。

これはどのぐらいの品質になるのでしょうか。

例えば自動車部品製造会社では、下請け工場の不良率で以下のような目安があるそうです。

Aランクは、 50 PPM以下。

Bランクは、100 PPM以下。

Cランクは、150 PPM以下。

Dランクは、200 PPM以下。

Eランクは、200 PPM以上。

目標とする水準はBランクだそうです。

Eランクになると下請けなら取り引き停止になるようです。

自動車部品メーカーの工場の場合は、完全に自社だけで品質をコントロールできますから、品質管理のレベルは高くなります。

マイナンバーカードの場合、大半の銀行口座や健康保険証の登録は、国民自身がマイナポータルで登録しますので、システムが正常に稼働していれば、第一義的責任は国民本人にあります。

国民が「家族名義の別人の口座」のような不適切な登録をしていれば、現状のシステムでは、完全に誤登録を防ぐことはできません。

一応、登録前に口座名義とマイナの名義を比較照合して確認していますが、人間のやる確認は絶対に完璧にはなりません。

国民が一義的に登録内容に責任を持つマイナカードの場合、自動車部品のレベルの品質は実現できないと思います。

それでも、家族名義登録の誤入力は13万件で、品質レベルは1340PPMのレベルですので、悪くない成績だと思います。

他の誤登録は、他人の口座を登録したのが 7.7PPMでAランク、

他人の保険証登録が 75PPMのBランクですから、自動車部品基準でも充分に合格水準の品質です。

これからもっと誤入力データが出てくると思いますが、現在出てきている誤登録の比率は高いとは言えない水準です。

少なくとも人間が登録する仕事の精度としては低くはありませんし、トラブルの規模としてはこのぐらいは許容できなければ、どんな仕事も遂行不可能でしょう。

入力ミスは役所での登録作業で起きている

本来は、公金受取口座や健康保険証や年金番号などは、スマホを使用してマイナポータルから本人が登録するシステムになっています。

しかし、スマホなどIT機器が扱えない高齢者などの為に、役所の窓口で本人に代わって、自治体役所のマイナカードの担当者が専用ツールを使用して、窓口に訪れた国民のマイナンバーカードを使用して口座や保険証の情報を登録しています。

問題が起きている誤入力は、この窓口での登録ミスで起こっています。

報道を見る限りは、専用ツールのWEBアプリケーションで、先に入力した人物の登録データが画面に表示された状態のままログアウトすることなく、次の人物の個人情報を登録してしまうことで、前の人物の情報を登録してしまいます。

もしかしたら逆に、前に人物の個人情報を、次の人物のマイナンバーに登録してしまうのかもしれません。

どちらにせよ、自治体役所の登録作業のミスで起きている問題ですので、誤登録の責任は自治体にあります。

デジタル庁の責任の及ぶ範囲は、スマホでマイナポータルで登録する部分だけで、自治体窓口での登録ミスの責任をデジタル庁に求めるのは無理筋だと思います。

国民側のシステム開発の常識の欠如

マイナトラブルの報道を見ていて思うのは、国民全体に蔓延するシステム開発に関する常識の欠如です。

ITシステムというものは、ITシステムは作ってみなければ分からない側面が強く、重要な部分から少しずつ動くシステムを作って、運用しながら結果を確認し、再びどう作るかを考えて追加改修をします。これを永続的に繰り返す「アジャイル開発」という開発手法を使うのが世界の主流です。

最初から完璧に動作することを前提として、ITシステムを運用するなら必ず失敗するでしょう。

必ず運用段階で予想しない問題が出てくるからです。

マイナンバーシステムは、最初から完璧なシステムを実装する前提で開発が進められているように見えます。

報道機関も僅かな誤登録で大騒ぎしているところを見ますと、「最初から完璧なシステムが完成して当たり前」というあり得ない前提で、システムの品質を評論しているように見えます。

呆れるほどのシステムに対する無知があるように見受けられます。

もし「最初から完璧なシステムが完成して当たり前」などという誤った常識を国民が前提とするなら、日本は間違いなく国中でDXなどのIT活用に失敗するでしょう。

ITシステムというものは、重要な部分から少しずつ開発し、運用してフィードバックを受けて、何度も何度も繰り返し改善と拡張を繰り返すことで、開発していくものです。

個人的にはマイナンバーのシステム全体が完成するまで、十年かかっても驚きません。

完成する前に運用を開始するのがITシステムというものです。

当然、システムの品質には限界があります。

未完成部分の業務や、システムの不具合の部分の業務は、人間の業務担当者が運用でカバーしながら運用するのが常識です。

もちろん不具合部分は反復開発の過程で改修します。

不足している部分も後の追加開発で機能が満たされていきます。

時間がたつほど、完成度が増します。

国民はITシステムを受け入れるとき、「ITシステムは少しずつ成長していくものだ」という認識を持つ必要があるのです。

ソフトウェアというものは、開発者のリリースと、ユーザーのフィードバックのコミュニケーションを繰り返しながら成長していくものなのです。

現在のマイナンバーシステム全般の開発計画と、報道機関を中心とした国民の側の両方において、「最初から完璧なシステムが完成して当たり前」という認識があり、それがマイナトラブルの原因になっているように見えます。

現在のマイナトラブルの程度は深刻なレベルではありませんし、国民の側もITシステムというものは、常に不具合が潜んでいるものだと認識し、自分で登録内容の確認やセキュリティの確認を行っておくべきです。

完璧なITシステムなど存在しません。

デジタル化された世界は自己責任社会になります。

公務員に仕事を丸投げにすることはできなくなります。

自分の情報は自分で管理しましょう。

バグのないソフトウェアは存在しない

デジタル庁の開発するシステムは今後も様々な不具合を出します。

これはデジタル庁がわるいわけではなく、ソフトウェア開発では必ず不具合が発生するものなのです。

不具合の事をプログラマーの世界では「バグ」と呼びます。

今回のマイナトラブルでは、業務のデジタル化の過程で必ず起きる事が起きているだけです。

国民も報道機関も「デジタル化とはこういうものだ」と認識する良い切っ掛けにすべきです。

「ITシステムは作ってみなければわからない」

「バグのないソフトウェアは存在しない」

この常識を受け入れることが必要です。

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