増税すれば税収は増えるのか
よく、防衛費の増額や、少子化対策の予算の議論で、「その予算の財源はどうするのですか」という事が議論されます。
そして、予算の財源の議論になりますと、真っ先に「増税」の議論が行われます。
最近だと増税以外にも社会保険料の値上げが話題に上ったりします。
しかし、財源の議論をするとき、「増税による税収増」が当たり前の前提として語られますが、「税収の財源はGDPである」ことは、ほぼ完全に無視されていると思います。
これまでの税率変更によるGDP成長率の変化の歴史を見る限り、ほとんどの場合において、増税するとGDP成長率は悪影響を受けます。
税収を算出するときは、一般的に以下の数式が使用されます。
税収=名目GDP×税率×税収弾性値
税率は、所得税・法人税・消費税など税制ごとに税率が異なりますから、それぞれの税収の重みを按分して総合税率を算出します。
財務省は税収弾性値を固定で 1.1 と設定しています。
税収弾性値は、後ほど詳しく解説しますが、
この「税収=名目GDP×税率×税収弾性値」という数式を見れば、「税収の財源がGDPである」事が理解できるはずです。
リフレ派やその他の積極財政派と呼ばれる人々は、ほぼ口を揃えて以下の言葉を唱えます。
「将来の税収を確保するなら増税するのではなく、GDPを成長させる経済政策を実施すべきです」
「今の時期に増税すれば、GDP成長率は低下し税収も減少してしまいます」
日本はバブル崩壊から長期間に亘ってデフレかそれに近い不景気を継続しており、アベノミクスの開始から、ようやくデフレ脱却の見通しがついてきたばかりの状況にあります。
目標の経済状態は、コアコア CPI・GDPデフレータ・GDPギャップなど主要な経済指標の全てにおいて、インフレ目標を安定的継続的に達成した経済状態です。
一時的にスポットでインフレ率2%に達してもインフレ目標を達成したことにはなりません。
真のインフレ目標とは、長期的に持続的な完全雇用を達成した状態を意味します。
2023年5月の段階では、まだ真のインフレ目標は達成出来ていませんし、日銀も量的緩和を継続すると発表しています。
黒田総裁体制から、植田総裁体制に移行しても、日銀の金融政策のスタンスに変化はありません。
私は、リフレ派と呼ばれる人々の説明は正しいと考えており、増税についての否定的説明も理解できます。
この記事では、リフレ派の説明に則して、税収とGDP成長率との関係について、具体的な過去のデータに基づいて解説したいと思います。
税収の基礎知識
まず、税収とGDPについて考えるための基礎知識について解説します。
税収と税収弾性値
税収を求める計算式は、さきほど紹介しましたが、以下の数式になります。
税収=名目GDP×税率×税収弾性値
税収弾性値とは、「GDPが1%成長したときに税収が何%成長するか」を表す係数です。
税収弾性値の値は、単年度の税収弾性値の場合は、以下の数式で出します。
税収弾性値=税収成長率÷名目GDP成長率
税収弾性値は、回帰分析と呼ばれる手法で、将来の税収を予測するための係数で、通常は単年度の値だけを用いるのではなく、長期的な複数年度の税収弾性値から値を導き出します。
財務省は税収弾性値の値を 1.1 と設定して税収予測をしています。
リフレ派の人々は、この財務省の設定した「税収弾性値=1.1」の値に異議を唱えており、過去20年から30年のデータから、税収弾性値は2.7から2.9程度と推計しています。
後ほど、具体的なデータを提示しますが、アベノミクスの期間中(安倍政権・菅政権・岸田政権)の税収弾性値平均値も 3.4 から 4.4 という値になっており、財務省の設定する 1.1 という値は、アベノミクス政策を継続した場合の税収将来予測の手段としては不適切と思われます。
実際に、財務省の税収見積もりは、何年も繰り返し数兆円単位で少ない方へ外れています。
また、税収弾性値を用いた将来の税収予測方法自体に疑問を呈する意見もあり、財務省の税収予測は、経済の専門家達の評判がよろしくないようです。
税収弾性値の性質
税収弾性値は景気変動期には大きくなり、景気安定期には1に近づく性質があります。
バブル経済の期間中の名目GDP基準単年度税収弾性値は1.1程度ですが、バブル崩壊後から一気に4程度に拡大します。1997年消費税増税以降の経済政策失敗以降は、長期的に5を超える値となります。
好景気から不景気へと悪化していく場合は、税収弾性値が大きくなっています。
また、アベノミクス開始以降の不景気から好景気へ景気が良くなって行く過程でも、変動が大きいですが比較的高い税収弾性値になっています。
アベノミクス期間中は消費税増税やパンデミックなど線形予測の難しい事件が多いですので、安定した値にはなっていませんが、通常は景気の変動期には税収弾性値が大きくなるものなのです。
その理由としては、景気が悪くなっていく過程では、企業業績が悪化して法人税を納める企業の割合が減少すること、高所得サラリーマンの年収が下がり、累進課税適用対象者が減少すること、消費が減って消費税税収が減ることなどが考えられます。
景気が良くなって行く過程では、これと逆に法人税を納める企業の割合が増加し、所得税累進課税の適用対象者が増え、消費も増えるので消費税税収も増加します。
これが景気拡大期にGDP成長率を税収増加率が上回る理由です。
好景気で安定した場合、税収弾性値はバブル経済期のように1程度に落ち着きます。
名目GDPと実質GDP
GDPには、名目GDP(Nominal GDP)と実質GDP(Real GDP)の二つがあります。
通常GDPは内閣府によって公表されますが、名目GDPと実質GDPの両方の値が公表されます。
名目GDPとは、現行の価格でそのまま推計したGDPの値です。
名目GDPが成長したとき、その値には一般物価の上昇率が反映されています。
経済状態を把握したい人々にとっては、日本の潜在供給能力や有効需要の成長を把握したいと考えます。
つまり、GDP成長率から一般物価の上昇率を取り除いた値が、知りたいのです。
名目GDPには、物価の上昇率と供給能力や需要の成長が混ざっていますから、これから物価の上昇率を除いた値を算出して経済成長率を把握します。
この、名目GDPから物価の上昇率を除いた値の事を、実質GDPと呼びます。
正確な経済の成長を表しているのは、実質GDPです。
名目GDPは、以下の数式で算出します。
名目GDP=政府支出+民間投資+民間消費+輸出-輸入
実質GDPは以下の数式で表します。
実質GDP=名目GDP÷インフレ率
インフレ率は一般物価の上昇率です。
名目GDPが561兆円で、インフレ率が2.1%なら、以下の計算になります。
実質GDP=561兆円÷1.021
実質GDP=549.5兆円
日本の1987~2022年度のGDPと税収のデータ
過去の日本の具体的なGDPと税収のデータを見ていきましょう。
名目GDPと実質GDPのデータを分けて掲載します。
GDPのデータは先日公開された内閣府GDP統計です。
税収は財務省の公表するデータを用いております。
GDPと税収に加えて、GDPに対する税収の割合、税収とGDPの対前年度成長率、単年度の税収弾性値を掲載しています。
内閣府の公開するGDP統計は、現在の基準のデータは1994年以降のものしか公開されておりません。
それ1987年から1993年のGDP統計は、現在とは異なる基準で算出された値ですので、その値にズレがあります。
そのため、そのズレの影響を受けていると思われる部分の背景色を変更しています。
また、備考欄にその年に起こった政治的出来事を書いております。
消費税増税の時に、GDP成長率と税収に、どのような影響かあったか、よく見てください。
また、安倍政権開始以降のGDP成長と共に、税収の対GDP比率がどう変化しているかも、よく見てください。
名目GDPと税収と関係
実質GDPと税収と関係
将来の税収予測
先に「財務省の税収弾性値による予測は信頼されていない」という話をしました。
そこで、アベノミクス期間中でパンデミックの前の 2013年から2018年までの期間で、消費税増税の影響を受けた2014年の値を除いた「単年度税収弾性値の平均値」を元に、「2022年のGDPと税収」を基準として、将来の税収を線形予測したものを以下に掲載します。
具体的には、2013,2015,2016,2017,2018年の単年度税収弾性値とGDP成長率の平均値を元に将来の値を単純計算しています。
現実世界では、名目と実質で税収が異なることはありません。
しかし、単年度税収弾性値とGDP成長率からの増加率の単純予測計算ですので、元になるGDPによって結果が異なります。
実質と名目の二つの値から、将来の税収の伸びについて、大雑把な予測イメージを認識できれば良いと考え、以下の表にまとめました。
予測数値を見る上での注意点として、GDP成長率は以下の将来予測では固定にしていますが、現実のGDP成長率は変動します。正しい経済政策が実施され続ければGDP成長率は2%・3%といった数値に上昇します。
また、税収弾性値は景気変動期に大きくなり、景気安定期には1に近づく性質があり、これも固定ではありません。
以下の将来予測は現在のアベノミクスが継続し、経済成長率が一定であると仮定した場合の将来予測です。
個人的には、パンデミックやウクライナ戦争の悪影響が終わったあとの2025年以降のGDP成長率はもっと高い値になると思います。
名目GDPと税収の将来予測1
アベノミクス期間の2013,2015,2016,2017,2018年の単年度税収弾性値とGDP成長率の平均値から、
税収弾性値=4.4
GDP成長率=1.8%
とした場合のGDPと税収の線形予測。
(消費税増税の影響を除くため2014年と2019年の値を外しています)
実質GDPと税収の将来予測1
2013,2015,2016,2017,2018年の単年度税収弾性値とGDP成長率の平均値から、
税収弾性値=3.4
GDP成長率=1.5%
とした場合のGDPと税収の線形予測。
(消費税増税の影響を除くため2014年と2019年の値を外しています)
名目GDPと税収の将来予測2
リフレ派の主張する税収弾性値と、日銀の2025年GDP成長率の予測から、
税収弾性値=2.8
GDP成長率=1.8%
とした場合の名目GDPと税収の線形予測。
実質GDPと税収の将来予測2
リフレ派の主張する税収弾性値と、日銀の2025年GDP成長率の予測から、
税収弾性値=2.8
GDP成長率=1.8%
とした場合の実質GDPと税収の線形予測。
リフレ派の方々の主張する税収弾性値は人によって微妙に異なりますが、だいたい2.7から2.9程度と説明されます。
その根拠も「過去20年から30年ほどの税収弾性値の平均値」ということですので、必然的にアベノミクス期間中の税収弾性値よりは低い値になると思います。
個人的には上記の「将来予測1」のようにアベノミクス期間中から「消費税増税年度の値」を除いた「税収弾性値の平均値」を使用するのが妥当ではないかと思います。
名目GDPと税収の将来予測3
もう少し楽観的見通しも出して見ましょう。
パンデミックの影響も無くなり、消費税増税も行われなければ、GDP成長率はもっと高くなるはずです。
また、名目GDP成長率にはインフレ率が加算されますので、インフレ率が上がってくると名目GDP成長率も高い値になるはずです。
税収弾性値=4.4
GDP成長率=2.5%
の値で線形予測したものが以下になります。
実質GDPと税収の将来予測3
実質GDP成長率はインフレ率の値が反映されませんので、名目GDP成長率より小さな値になります。
税収弾性値=3.4
GDP成長率=2.2%
の値で線形予測したものが以下になります。
繰り返しになりますが、GDP成長率は一定では無く、変動するものです。
パンデミックの影響は今後失われていきます。
ウクライナ戦争によるエネルギー問題も解消に向かっています。
実際にドルベースの原油価格は下落しており、一次は1バレル100ドルを超えていた価格が、今は70ドル程度になっています。
日本では原発再稼働が決定しました。
経済のマイナス要因は少なくなって行きます。
政府方針として今後10年は消費税増税をしないと安倍政権以来、政府は説明しています。
岸田政権になってもこの方針は変わっていないようです。
財務省は増税したがっているようですが。
現段階では、法人税増税や社会保険料の引き上げリスクがありますが、もし数年間増税を回避できて、適切な金融緩和と財政出動が行われれば、GDP成長率は2%から3%に達することは、充分に現実的な話になってきます。
楽観的見通しも考慮しておくべきでしょう。
財政均衡の可能性はあるのか
岸田政権が防衛費増額を決めたとき、法人税増税が必要だと説明したことは、記憶に新しいことです。
そのとき、自民党安倍派が国債償還費を見直し、防衛費増額の財源にすることを提言しました。
最近も自民党積極財政派の議員達が「国債償還費の廃止」を訴えております。
国債償還費は現時点で16兆円ほどになります。
政府の2023年度予算案は114兆円強となっています。
仮に2027年の時点で、防衛費増額と少子化対策の追加予算で5兆円ほど予算が増えると仮定しますと、119兆円必要になります。
一方、国債償還費は歳出ですので、これを廃止すると政府予算から16兆円削除することになります。
119兆円から16兆円削除しますと、103兆円となります。
政府の歳入は税収だけではなく、税外収入もあります。
税外収入の金額は9兆円強です。
先の将来の税収予測で、2027年度の税収予測は、悲観的な数値で87兆円、楽観的数値で115兆円、中間的な数値で100兆円程度の税収が予測できます。
国債償還費を廃止して、2027年度に必要な予算総額が103兆円と仮定した場合。
税収100兆円と税外収入9兆円の合計109兆円の歳入があると考えれば、予算より6兆円の黒字会計となります。
税収が94兆円でも収支がゼロになり財政均衡します。
税収が94兆円より小さければ財政赤字になり不足分は赤字国債の発行が必要です。
現在の経済政策次第で、2027年度の時点で財政均衡できる可能性は十分にあると思います。
もし、2027年度の時点で税収が不足していて、且つインフレ目標を達成していたのなら、そのとき増税を検討したら良いと思います。
今(2023年度)、増税を検討するのは、経済学的に筋違いです。
今は財政均衡を考えるタイミングではありません。
経済成長を早める裏技
防衛費の満額増額をする2027年度までにどうしても財政均衡させたいのなら、GDP成長の速度を速めるのが得策です。
一つの方法として、インフレ目標を2年から3年だけ、現在の2%から、3%とか4%といった少し高い目標に設定するという方法があります。
名目GDPは、実質GDPとインフレ率(正確にはGDPデフレータ)の積をとった値ですので、インフレ率が高いと名目GDPも同様に高くなります。
通常、インフレ率が高い方が経済成長率も高くなりますので、意図的にインフレ率を悪影響のない程度に高くするのは、有効な手段です。
GDPが増えれば税収も増えますので、短期間に財政均衡を達成できます。
但し、この方法は2年から3年だけの短期間で終わらせるべきであり、その後は金融を引き締めてインフレ率を2%台まで落とす必要があります。
どうしても短期間に防衛費と少子化対策の財源を確保して、財政も均衡させたいのなら、インフレ目標の一時的な引き上げを検討すべきでしょう。
この方法は、リフレ派経済学者の中から提言されたことがあります。
GDP成長率と税収と税率の関係
これまでの説明で、以下の事が分かったはずです。
アベノミクス期間中はGDP成長率の3倍から4倍の速度で、税収が増加します。
GDPが増加すると税収が増えます。
GDPが減少すると税収が減ります。
税率を増加するとGDP成長率が低下します。
税収を増加させたいのなら、GDPを増やせば良いです。
GDPを増加させるなら、適切な金融緩和と財政出動が必要です。
現在、防衛費の増額と、少子化対策の財源について、法人税増税や社会保険料増額など、緊縮財政政策が議論されていますが、これまでの説明を聞けば、これらの緊縮財政政策は長期的税収の増加策としては、全くの見当違いの政策であることが分かると思います。
長期的に税収の増額を求めるのなら、減税など政府支出を増加して、GDP成長率を短期間で増加させ、GDPの増加による税収増加を目指すべきなのです。
現在の政府の経済政策としては、インフレ目標の長期的安定的達成までは、国債発行などにより、政府予算を確保して、さらに政府支出を増加しして名目GDPを増加することにより、GDP成長を加速するべきなのです。
政府支出は丁度、航空母艦のカタパルトのようなものです。
戦闘機にカタパルトで加速して、充分に速度が付けば自力で飛行できるようになります。
今、政府は国債発行で、経済を加速すべきタイミングです。
インフレ目標の長期的安定的達成ができた後なら、財政は縮小して良いのです。増税も必要ならしても良いです。
今のタイミングで増税など緊縮財政政策を実施してはいけないということです。
大事なのはタイミングです。
世の緊縮財政論者は、インフレ目標達成前なのか達成後なのか、というタイミングの適切さを全く考えていません。
おそらくインフレ目標政策のメカニズムを理解していないのでしょう。
安倍政権発足以来、10年も継続しているインフレ目標政策を、今も理解していない程度の人々の語る経済論や財政論は聞く価値が無いと思います。
税収の財源はGDPです。
予算の財源も税収ではなくGDPです。
GDPが減れば税率を増やしても、税収は減ります。
増税などすれば、GDPが減少し、将来の防衛費や少子化対策の予算など確保できなくなるでしょう。
税収を増加させたければ、GDPを増やすべきですし、その適切な手段は金融緩和と財政出動拡大です。
岸田政権には間違った経済政策を選んで欲しくないと切実に思います。
先のG7サミットは成功して良かったと思います。
経済政策も同様に成功させて頂きたいものです。
関連資料
内閣府GDP統計-2023年1-3月期・1次速報(2023(令和5)年5月17日公表)
内閣府-2009年度国民経済計算(2000年基準・93SNA)
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